第399話 逸材

文字数 907文字

 一流の師について文武に励む織田家の小姓に混じり、
突出した活躍を見せるとは、
虎松、藤丸はたいした運と力の主で、
しかも臆することなく名乗りを上げる。

 どうだ、あの物言い……
公家、富豪、文人の混じる御狂いで、
追腹、切腹なんぞと言いはせず、
永久(とこしえ)の旅と言いよった……
 こやつら、存外、使えるやもしれぬ、
何処か人好きのする虎、涼やかな藤、
共に見目も悪くない……

 信長は逸材に目を細めた。
 同時このような者達を見出し、
連れ帰った仙千代をつい褒めずにいられない。
 
 「流石、仙千代じゃ、遅参しようとも、
ただでは済まぬ、やはり我が宝、仙千代じゃ」

 と言いたいところ、そこは抑えた。

 「仙千代」

 「はっ」

 「けしからぬ」

 「はは……」

 「このような者共を隠しておった。
まこと、けしからぬ」

 信長なりの愛情表現だった。
仙千代への寵愛ぶりは何憚らぬもので、
重用の度も誰もが知るところだった。
 はて、仙千代は叱られているのかと、
虎松、藤丸こそ幾らか驚きを見せていた。

 「以前から見知っておったのか」

 仙千代は前回帰省時からの事と次第を要約して告げた。

 「成程、思い出した。
彦七郎が野良猫だの何だ、
叱って追い払おうとしたところ、
見事言い返されて彦七郎が機嫌を損ねたあの童達。
 それがこの二人」

 「叔父なる者は帰農して、
亡兄の禄を返上申し上げておるとかで、
兄弟はあてどなく日々を送りながらも、
何としてでもこちらへ参り、
お仕え申し上げたいと深く願っておった由、
その健気に胸を打たれ、
今日に至った次第でございます」

 信長は見据え、告げた。

 「叔父なる者。
やまれぬ事由があったのであろう、責めはせぬ。
 また、百姓になったとはいえ、
二人を見れば養育が間違っておらなんだと知れる。
 騎馬での奮戦、弁えた立居振舞、
儂は気に入った。
 太鼓にも負けぬ、耳を(つんざ)く咆哮も悪くはなかったぞ。
 大音声(だいおんじょう)も立派な武器だ。
 高橋虎松。
 高橋藤丸。
 先々を楽しみにしておる。
せいぜい励み、忠節を尽くせ」
 
 積年の心願が叶い、兄弟は互いを見合わせ、
涙を浮かべた。

 信長の上機嫌は収まらなかった。

 「二人はいったん、万見の預かりとする。
 そうじゃ、褒美もとらすぞ、何が良い」

 

 
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