第162話 雷神と山中の猿(13)光と影③

文字数 942文字

 仙千代は、

 対岸の明智殿の坂本に、
けして負けはすまいという意気込みで、
羽柴殿は城下を築いておられるのであろう、
その意気や良しとしか言えぬ……
気が合わぬとはいえ有能極まる御二人じゃ、
良く競い合い、
上様の御役に立ってくれれば幸いなこと……

 という思いで秀吉の小姓達に笑んだ。

 やがて秀吉一行が帰ってゆくと、
信長は、

 「あ奴の相手はまこと、疲れる。
笑わせ上手で腹が(よじ)れた」

 と言い、ぐいっと白湯を飲み干した。

 大和に雷が落ち、
興福寺は雷神が武家政権に怒りを表したのだと喧伝したが、
それこそ信長の政策が的を射たものなのだと秀吉は言い、
信長の機嫌を上げた。
 また安土山の六角家残党は成敗し、
長浜城下で秀吉が傘下に入れて
織田家に忠節を尽くさせるとも言い、
これもまた秀吉は主の心証を高めた。

 何をしても一級なのが羽柴殿、
そして明智殿……
 栄達と成功に向け、
最も激烈に回っている凄まじい限りの両輪……
上様でなくては、
およそ御せはしない天賦の才の御両名だ……

 仙千代は、情熱的な秀吉に赤い炎を、
物静かな光秀に青い炎を見る思いがした。
 それら炎は近寄るだけで(はだ)を焼き、
痛みさえ、感じさせるものだった。
 優秀極まる二人の出世の果てが何処へ辿り着くのか、
仙千代は、
信長の傍でずっと見ていくことになるのだと、
秀吉らを見送った。

 **作者 注**

 『信長公記』と「山中の猿」

 尾張守護 斯波義統(しばよしむね)から柴田勝家、
次に信長の直臣となって、
やがて、信長が丹羽長秀の配下に付けた、
武将にして祐筆である太田牛一の著書、
『信長公記』に天正三年六月二十六日、
関ヶ原町山中での出来事として、
猿と呼ばれた男と信長の交流が記されています。

 源義経の母、常盤御前の最期は、
各地に伝承が残されており、
信長の当時から、
山中にも言い伝えがあったようです。
 
 猿と呼ばれた男について、
現代語訳はソフトなものになっていますが、
信長一行が目にした男の姿は、
おそらく大変哀れなものであったのでしょう。
 信長の人柄を表すエピソードとして、
猿に見せた厚情は、
ドラマなどで時に取り上げられる逸話です。
 
 「猿」については、
登場人物達の個性、
性格を浮き彫りにできればということで書いた部分で、
他意はありません。
お酌みおき下されば幸いです。


  ボスコベル



 

 
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