第300話 女城主(7)小姓 古今

文字数 1,049文字

 岩村城が落ち、五日、六日と過ぎ、
秋山六大夫の行方は依然、知れなかった。
 寺、社、武家屋敷、果ては大農家、
富豪の館まで探索させたが見付からなかった。
 六大夫は二歳に満たぬ幼童なのだから、
何処にでも幼児は居るといえば居て、
着替えさせてしまえば百姓の子も武士の子も、
見た目の判別は難しい。
 しかし六大夫には虎繫の近侍が付いていて、
そうした者は立居振舞、醸す気で、
元の身分を隠し通すことは易くない。

 「秋山の子は何処へ消えたのでしょう。
小姓あがりの若い家来が連れ去ったのが、
どうやらその者の一存であるのは間違いないとして、
山や原、湖沼、河川まで、
探すだけ探しても痕跡すら無く……」

 岩村城陥落につき、
新たな援軍は不要であるとの報を伝えるべく、
池田元助は岐阜へ走り、
その一行を馬廻り達と見送りつつ、
途中まで警護した三郎が戻ると、
誰に問うともなく問うた。

 勝丸が、

 「我が主の若君なれば、
一も二もなく咄嗟の思いでお連れして、
一命を取り留めんという近習のやむにやまれぬ心情、
分からぬではありませぬ……」

 三郎が受けた。

 「若殿が一家揃っての赦免の態をお見せになられたとはいえ、
秋山とて歴戦の将、
そこに何の保証があるかと存じておるはず。
 されば、子が姿を消したは、
今や、どうかこのまま見付からず逃げおおせと、
左様な思いでいるのかと」

 浅井万福丸を匿っていた長政の小姓は、
万福丸を奪われた後、自決している。
 三郎、勝丸が、
六大夫と逃げている虎繁の小姓を悪し様に言わぬことは、
信忠にもその思いが察せられた。

 勝丸が、

 「秋山の嫡子となれば、
二歳とて許されぬのでしょうね……」

 許されぬの意は無論、命を指している。

 二歳であろうが嬰児であろうが、
比叡山や伊勢長島の例を見れば、
許されぬものは許されぬのであり、
それが敵将の後継であれば尚更だった。

 志多羅原の戦い同様、
信忠を今回も補佐したのは河尻秀隆で、
織田家先代の小姓であった秀隆は
於艶の方をよく知っていた。
 虎繫、於艶、重臣らはそれぞれ分けて監視下にあり、
信忠に先んじて於艶と久方ぶりに(まみ)えた秀隆は、
半年の籠城で痩せ細り、(やつ)れようとも、
敗軍の将の(つま)でありながら、
姫がけして身を低くすることはなく、
かつてのままに昂然とさえ映る立居振舞で、
いかにも於艶様らしいと感じ入ると同時、
大恩ある信秀公の妹君であらせられると思うと、
総大将の初勝利を心から寿ぎつつも、
小姓時代の懐かしい思い出に胸の奥が疼かぬではないと、
あとは残党討伐のみとなった今、
正直なところを漏らしてみせた。

 
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