第192話 常楽寺(3)筑前守③

文字数 767文字

 信長はじめ全員、甘味を食べ終えると、

 「他の何方(どなた)様が任官されましたのやら、
正確には存じ上げませぬが、
聞けば、長浜の西、坂本の明智殿は日向守(ひゅうがのかみ)
北の佐和山の丹羽殿は越前守(えちぜんのかみ)を拝されるとか」

 と、秀吉がにこやかに言った。

 官位を授かる長老衆は現況、
実戦部隊の長というより吏僚的な人物達であって、
秀吉と共通し、武将であって大名であるというと滝川一益、
丹羽長秀、(ばん)直政、
そして明智光秀だった。
 塙直政は大和を治める実務に就いているので、
既に大和守護ではあって、
今回は九州の名族「原田(はらた)」の名を賜った。

 「うむ。
推挙した全員、帝はお認めになられた。
その場でな」

 白湯を(すす)った信長に、
ふと思い付いたとばかりに秀吉が、

 「丹羽殿は越前守……
越前は上様の御先祖様が神官として、
永年にわたり根付いておられた地。
ひときわ信の厚い丹羽様なれば越前守とは、
まさしく他の誰より似つかわしゅうございます」

 仙千代もそれは思っていたが、
敢えて細かに訊くまでもないことであり、
心中で感じたままに受け止め、
それ以上、信長に詮索はしなかった。

 「五郎左……
官位は要らぬと一度は断りよった。
面倒な男よ」

 面倒な男と言いつつも、
信長の口振りは毎度のことながら、
長秀への愛着が滲んでいた。

 「明智殿も栄えある日向守とは、
さぞ、喜ばれましょう」

 「うむ」

 信長は白湯を飲み干した。

 秀吉は続けた。

 「瀬田川は瀬田川で、
大橋の幅といい長さといい未曽有の規模で、
人々の不便を思いやる上様の御配慮に、
ただ感服致すばかりにて、
後学の為と思い、
現地を幾度か見せていただきましたが、
先だっては無事、立柱式を終えられたとのこと、
心よりおめでとう存じ上げます」

 長口上に付き合っていた信長が、

 「藤吉郎。何が言いたい。
時の無駄は好かぬと知っておろう」

 と、半ば怒る真似をし「本題」を急かせた。

 

 

 
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