第174話 蹴鞠の会(12)長秀の名誉⑥

文字数 694文字

 少し以前、
信長が親しい公家を呼び、任官に付いて学び、
今では絶えた武家の名族を調べさせていたのを
仙千代は知っていた。
 東美濃や大和といった他地域に派遣されていなければ、
仙千代は密に近侍していて、
信長が隠し事をしようとしても無理な上、
また、隠し事をされる覚えもないことだった。
 しかし、京で再会した信長は、
九州の武家の名をどのように使うのか委細を語らず、
仙千代は仙千代で敢えて訊かずにいると、

 「気にならぬのか?」

 と言い、仙千代が、

 「いずれ知ることであります故」

 と気紛れを装って(はぐ)らかすと、

 「ほう。野次馬がまた、珍しい」

 と可笑しがった。

 「野次馬とは。
何処に左様な馬が居りますのやら。
ここは上様と万見仙千代のみでございます」

 仙千代が尚も言い張ると、

 「改名し、馬千代にするが良かろう」

 と丸めた紙をぽいっと仙千代に投げ、

 「馬千代。うむ、面白い名じゃ。
次に男子が生まれたら馬千代も悪くない」

 と、上機嫌だった。

 それから日が経ち、やがて今、
信長、長秀のやりとりに、
仙千代が存在を消すかのようにしている一方、
信定の筆は闊達に動き、
長秀を含む七人の名を書き記していた。

 上様は西国や南国での覇道を確立せんと、
栄えある一族の名を調べておられたのか……
そうかもしれぬと思うておったが、
やはりそうじゃった……
 だが、佐久間殿でも柴田殿でもなく、
丹羽様であった……
 その御寵愛、
御本人が誰より分かっておいでであろうに、
よもや固辞されるとは……

 信長という絶対的存在に異を唱える者は居ない中、
末代までの名誉となる話に首を縦にせぬ長秀は、
仙千代のみならず、
信長や信定も理解できぬに違いなかった。



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