第199話 楚根城(2)稲葉家②

文字数 640文字

 一度の合戦で父と兄五人を失った過去を持つ一鉄は、
逡巡の果て、苦悩の決断で、
姉の孫にもあたる主君、龍興から離れ、
信長に降りた。
 寺育ちだからといって(やわ)いわけではなく、
武門の家を守るに徹した一鉄は、
信長の配下としても目覚ましい活躍をみせ、
特に五年前の越前攻めでは一揆勢と戦って、
千以上の首級をあげ、信長から感状を与えられた。

 一鉄は薬草や薬学に深い興味を抱く、
学究的な人物でもあった。
 教養全般に優れ、
担力も備わっていたので、
信長も徒や疎か(あだやおろそか)に出来はしない。
 また(つま)が三条西家の娘であることから、
京の人脈、文化にも通じ、
信長が足利家に食い込む際には大きな働きを見せた。

 稲葉殿の御嫡男 貞通殿は、
上様の御正室 鷺山殿の御異母妹(いもうと)様を正室とされていて、
上様にとり、縁の深い御家柄……

 仙千代はいつにもまして細心に振る舞った。
 信長も、年長であり、
文武に申し分のない良通には、
ひとかたならぬ気遣いを見せた。
 良通自身、賢者であり、
またその背後には古くからの美濃衆が控えていて、
尾張が本領であった信長にとり、
美濃の諸勢力は、
ゆめゆめ軽く扱ってはならない存在だった。

 一鉄は楚根城を詳しく案内後、

 「本日は上様の御目見え、まこと晴れがましく、
祝着至極に存じ上げ、
孫どもが余興をお見せしたいと申しておるのでございます」

 「ほう、余興とな」

 信長はにこやかに応じた。
 城の造りの興味深さに時を費やし、
そろそろ出立間近であったが、
気にする風情は微塵もみせず、
信長は鷹揚な構えを崩さなかった。


 


 


 

 








 
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