第126話 早舟(4)湯浴み③

文字数 753文字

 「仙は海老で鯛を釣ったのだ」

 仙千代にしてみれば、
そこまでの計算をして真木島で立ち働いたわけではなかったが、
指摘を受けて、

 海老で鯛を釣る?……
儂が施した世話が海老で、義尊殿が鯛?
上様の御言葉なれど何やらしっくり来ぬ……
 情けは人の為ならず……
ううむ、これも違う……
 瓢箪から駒?
これはもっと違う……

 信長の(すこぶ)るの上機嫌を浴びながら、
仙千代は困惑混じりの面映ゆさを味わっていた。

 「公家への借金棒引きで京を回った時、
手強いと思われた土倉商(どそうしょう)の好感を単独の訪問で引き出し、
今後は万見殿を寄越すべしと言わせ、
此度は此度で興福寺秘蔵の子と会った。
やはり仙は胸襟を開かせる才に恵まれておる。
その才を生かせ。
儂の威光を存分に使ってな。
大和の守護に任じたものの、
何やら九郎は古狸共に四苦八苦の様子じゃで」

 (ばん)九郎左衛門尉直政は塙九、
または九郎と呼ばれ、
実妹が若き日の信長の初の男子を産みながら、
実家の家格を故として、
男児は村井貞勝に養子へ出され、
後に生まれた信忠が嫡子とされても
信長の側近として忠節を尽くしている。
 直政は柴田勝家の養女を継室に迎えるなど、
一刻な勝家と気が合い、懇意にしていた。
 仙千代は、直政の忠義と、
小さな愚痴ひとつこぼさぬ性分に、
巻介は良い主君に恵まれたといつも見ていた。

 「武家相手の交渉が主であった今までは、
塙九の質が良い方に働いた。
生一本というのか、糞真面目でな、あれは。
が、公卿公家が(ひし)めく山城、
大和、河内という三国を任されて荷が過ぎるか、
畿内の特殊性が悩み深いか、
昨今どうも精彩に欠ける。
塙九はじめ、
家来達が京、大和で動きやすいよう方策は頭にあるが、
形を取り繕っても容易い相手ではないのがこの地」

 話がはずみ、湯気に長く当たり過ぎたか、

 「暑い。続きは出てだ」

 と信長は立った。

 







 

 


 

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