第287話 武田勝頼 岩村進攻(2)道三の末子

文字数 1,138文字

 「すまぬ。理のないことを言った」

 怒りを買おうと意志は変わらず、
悔いはないという面立ちの仙千代に、
信長は我に返った。

 「若殿をご案じ申し上げる思いは家臣一同、
上様と同じでございます。
 上様が英気を養われておられる間、
斎藤殿が抜かりなく戦支度はされましょう、
ここは何卒あと少々、お休みください」

 斎藤というのは於濃の弟、斎藤新五郎利治のことで、
亡き舅、斎藤道三の末の子だった。
 道三は嫡男たる義龍に二人の息子を殺害され、
自身も長良川合戦で義龍と戦う宿命となり、
開戦直前、信長に道三への援軍を要請すべく、
義龍の追手をかわしつつ必死の早馬で小牧へやって来たのが、
当時、元服間もない利治だった。
 
 利治の報により、至急の出陣をした信長だった。
 が、駆け付けた時、既に道三は敗北、
絶命していた。
 道三の死を知った悲しみ、口惜しさは、
今も消えず、
信長は遅れ馳せながら義龍軍に立ち向かい、
劣勢の末、敗走し、
何故あの時この自分は間に合わなかった、
何故、共に戦い、窮地を救えなかったかと、
大恩ある道三への思いが渦巻き、
心と心で通じたあの舅が暮らしたこの岐阜の城もまた、
過去に住まったどの城よりも愛着があり、
胸中で重要な位置を占めていた。
 
 信長は美濃攻略に七年を要し、
その際、道三の子として利治の果たした役割は大きく、
何よりも、
利治が命がけで守り通して持参したのが、
美濃は婿に渡すと道三が記した遺言状で、
それが為、於濃と利治の存在の助けもあり、
信長の美濃経営は大過なく進んだといっても過言ではなかった。
 
 利治は遊軍として幾度も大功を上げながら、
驕ることなく実直にして礼を弁え、
亡父の盟友としての信長をいかにも自然に敬って、
有体に言って可愛くてならぬ義弟(おとうと)であり、
岐阜へ入城した後、
信長は若き利治を大名にして加治田城を与え、
同時、数多の美濃衆、加治田衆を配下に付けてやり、
事実上、織田家の連枝衆として遇し、
寵愛と信頼は厚く、微塵も揺らぐことはなかった。
 唯一、利治が信長の言に首を縦にしないのは、
側室をすすめた一件で、
利治は(つま)は一人で間に合うと言い、
加治田城の先代の息女である室を非常に大切にして、
他の女に目を遣ることはなく、
多くの側室を持つ信長を苦笑いさせた。

 百戦錬磨のこの儂が、
息子が危ういとなれば我を失い、
狼狽を隠すかのように八方に檄を飛ばして命令し、
十分な休息も取らず慌てふためき……
 醜態とはこのことだ、
仙千代でなくとも諫めたくなろうもの……

 じっとりと嫌な汗をかくばかりだった信長は、
利治の名を耳にして落ち着きを取り戻し、

 「新五郎が居った。
うむ、新五郎に任せておけば間違いはない」

 仙千代も得心し、顎を引き、頷いて、
と、そこへ急報が入った。
 無論、岩村からだった。




 

 
 
 

 
 


 
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