第133話 三つの城(2)坂本城①

文字数 960文字

 四年前、
長秀が佐和山城主になった折、
ほぼ同時期に坂本の地を賜ったのが明智光秀だった。

 比叡山延暦寺との戦いに於いて、
特段の功績があったとして、
信長は光秀に坂本を与え、築城を命じた。
 
 坂本は比叡山の麓にあって、
延暦寺の門前として発展した非常に豊かな町だった。
 背後は山脈、眼前は湖、
かつ、京に接しているのであるから、
光秀が坂本を拝した時には、
光秀の延暦寺攻めが、
命じた当の信長さえも驚く程に苛烈で、
その分、多大な戦績を収めたにしても、
光秀が信長家臣として新参であることを思えば、
誰もが驚き、一部の者は、
もしや羨望のみならず嫉妬すら覚えたやもしれなかった。

 光秀が坂本を授かって、
一国の支配者となったことを快く思わぬ急先鋒が、
実は秀吉だった。

 秀吉は信長より三つ年下であるから、
信長から見た光秀が一世代上であるのと同様、
秀吉にしてみても光秀は親世代の年配だった。
 齢こそ離れているものの、
二人にはよく似たところがあった。
 両者共、信長の家臣として譜代でなければ、
名門の出でもなく、
そして何より頭抜けて目端が利き、知恵者だった。

 一人が武功を上げれば、一人が交渉をまとめる。
一方が殿(しんがり)を務めるといえば、
もう一方が助太刀を申し出て、
手柄を決して独り占めにさせはしない。
 隠しもせず、特に敵愾心を抱いているのが秀吉で、
年長であり、文化的素養豊かな光秀は、
表立っての不興不快は決して見せず、
賑やかしい秀吉を涼し気な顏でやり過ごしていた。

 二人は信長の歓心を買う為に、
あらゆる手立てを用い、気に入られようとした。
 仙千代や竹丸、他の側近衆とて、
信長の意を我が意として身を律し、
信長の機嫌には注意を傾けている。
 しかし秀吉と光秀が、
信長を歓ばせようという熱意は出色で、
秀吉は賑々しく、光秀は粛々と、
信長への忠義忠誠を事あるごとに顕示した。

 かつて、秀吉の忘れられない一言が、
仙千代にはあった。

 「儂は相当な勇み肌じゃと思うておったが、
坂本の主殿(ぬしどの)の勇み肌もまた凄まじいものよ。
一見、控え目に振る舞っておるが、
誰より己は賢いという本心が、
儂には透けて見えるのじゃ」

 織田家中に於いて長秀に続き、
畿内で城主となった光秀を、

 「坂本の主殿」

 と秀吉は嫉妬混じりの揶揄で呼び、
嫌悪の情を明確に込めた。

 あたりは他に誰も居らず、
秀吉の話は続いた。







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