第118話 相国寺(10)将軍の子⑩

文字数 1,057文字

 今、仙千代の眼前に、
よく似た齢の二人の幼僧が座していた。

 「義尊殿、
そして共に仏の道に入った元尚(げんしょう)にございます」

 と紹介された幼児(おさなご)らは恐らく意図をもって、
揃って仙千代達に左の顏を向けており、
義尊の印、右の黒子(ほくろ)は確かめようがなかった。
 ただ元尚なる子が、
義尊の乳兄弟であることは察しがついた。
 真木島で義尊をかい抱いていた乳母の子供が、
義尊の従者として興福寺に入ったことは、
当たり前に想像がついた。

 「万見仙千代と申す。
義尊殿、元尚殿には今生の奇縁でお会いしておるのですよ」

 戦場での邂逅が揺るぎない事実だからといって、
乳呑児であった二人に、
出会いは足利軍の敗戦処理の場であったなど、
小さな子に言う必要はなく、耳に入れたくなかった。
 そうでなくともいずれ、
何もかもを知る。
 また、相手が幼いからと、
(うそ)で飾った言い方をすべきではなく、
仏も許すかという判断で、
仙千代は奇縁という文言をひねり出したのだった。
 
 少しばかり背を丸め、
目線を合わせて穏やかに話し掛けると一人は頷くが早いか、
身を乗り出して近くの五色豆に手を伸ばし、口へ入れた。
 もう一人は豆に手を出そうとしたが、
ふっと仕草を止めて頬張る隣の子を見遣った。
 それで、どちらが義尊であるのか知れた。
 食べた子が俗世では若公と呼ばれた幼児で、
幼いながら堪える真似をしたのが
乳母の息子であるに違いなかった。

 「義尊殿は健やかにお育ちでいらっしゃる。
この御歳で、美味しく豆を食されるとは」

 発育途中の小さな子は、
固いものを食べて喉に詰まらせることがあり、
二才、三才で豆を食べるとは、
末はどのような悪僧に育つのか、
仙千代は微笑ましく見た。
 悪というのは邪悪とは違い、
力が(みなぎ)るという意味でも使い、
歯が生えて間もない幼児が豆を難なく嚙み砕くとは、
旺盛な生命力に感嘆を覚える程だった。

 豆に手を出した子を仙千代が義尊だと決めているのを見て、
相手ももう、どちらが足利家の男児であるのか、
隠し立てしなかった。

 「寺で感冒が流行っても義尊殿は寄せ付けられず、
まこと、壮健でいらっしゃる」

 と言いつつ僧正が見遣った先に居たのは、
仙千代が義尊だと見た幼子だった。
 
 「それは何より」

 仙千代はにこやかに笑んで、

 「元尚殿も、どうぞ、召し上がれ」

 と豆をすすめた。
 元尚は僧達の顔色を見た。

 「御客人の仰せだ。さ、お食べ」

 許された元尚は嬉し気に豆を口へ運んだ。
 元尚が豆を食む音も義尊に負けず歯切れ良かった。
 幼僧二人のたてる小気味よい噛み音に、
思わず一瞬、大人達の誰にも笑顔が零れた。


 
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