第285話 岐阜への急行(2)父、信長

文字数 656文字

 総大将戦は岩村が初となる信忠は、
信長が破格の待遇を授け、
他の兄弟は次々に養子に出して、
姓さえ織田の名を外させ、あくまで信忠の臣下とし、
将来の国王として育てた期待の若獅子だった。
 聡く、誠実であり、努力を惜しまぬ(たち)の信忠ながら、
幼い頃はともすれば、
陽気で放埓な二男 信雄(のぶかつ)
体躯に秀で、文武に優れた三男 信孝よりも目立たず、
今ひとつ覇気がないと見ていたが、
思春期を迎えると他の誰一人抗えはしない信長に向かい、
口ごたえをすることが二度三度とあり、
何が面白くないのか始終仏頂面をして、
不機嫌を隠そうともしなかった。
 ところが北陸への初陣を機に信忠は明らかに変わり、
道理を弁え、忍耐強く是々非々で物事に臨むその姿勢は、
新旧家臣から信頼を集め、
何処に於いても悪評判はまったく無かった。
 家来から信忠に関し好ましい話を耳に入れれば、
父として嬉しくなかろうはずはないが、
それを敢えて信長は、

 「褒賞ひとつ取っても、
相手が馬を考えておれば金を、
茶器を思っておれば領地を。
思惑を超えて振舞うが大将の器。
わけても戦では敵の意外や盲点をつくが肝要である。
 勘九郎はまだ甘い」

 と、それこそ仏頂面で言ってみせ、
喜悦を表にすることをしなかった。

 信長と一族すべての期待を背負う信忠が、
今、東濃岩村で危機に瀕していた。

 信長の到着が先か、勝頼の攻撃が先か。

 よもや総大将戦初陣で、挟み撃ちにされるとは!
 信忠、待っておれ!
 勝頼を出し抜いてやる!
 必ずや、この父は敵より先に駆け付ける!……

 寒風の暗闇に信長はひたすら馬を走らせた。


 







 

 



 


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