第314話 長良川畔(8)刑場の露①

文字数 917文字

 秀政が、

 「また、馬鹿げた。
たわけたことを申す者が居りますな。
この時刻ここを警備しておった者が
何処の誰かは直ぐ分かること。
 相応の処分をしておきまする。
 あのような妄言を口の端に上げる者、
よもや御城に居ってはなりませぬ」

 と於葉の手前、ここは手荒な沙汰を控えた。

 数珠に悲しみを込めるかのように
於葉は両の手を胸の前で合わせ、

 「お集まりの姫君様御一同、
何方様(どなたさま)も理不尽な死を見ずこられた方は
ただ御一人も居らっしゃいませぬ。
 今朝、御前様は白絹の御召し物を、
御方様と於市様は手摘みの小菊を携えて、
於艶様を見舞われたのです。
 昏倒した際の御顔の傷が痛々しくも、
於艶様は御気丈に末期の礼を述べられたとか」

 「左様でしたか」

 「御前様、御方様に従って、皆様、
御気持ちを一にしていらっしゃいます。
 幼い若君、小さな姫君達さえも、
事を知ってか知らずか、神妙になさり……」

 当主信長の権威が絶対であること、
土田御前がその生母であって
実家の財力が織田家三代の躍進に大いに寄与した事実、
また、信長との間に子は育たなかったが、
稲葉家を筆頭に強力な軍勢を持つ美濃衆の恭順に、
美濃の国主、斎藤家の姫、つまり於濃の存在が果たした役割は重く、
この二人の姫が上に立ち、
信長を取り巻く数多の女人をよく統制していた。

 「万仙は上様に、
姫君達を見張ってまいれと命じられたのです」

 という言い方には秀政の安堵が滲み見えた。
 土田御前以下、誰も騒ぐことはなく、
於艶の宿命を我が宿命として捉え、
辛く、悲しくとも、静かにその時を待っている。

 「上様が?見張って?」

 「上様らしい仰り様。
皆様の御心を案じられての御言葉でしょう」

 「上様の御立場、何方(どなた)様も存じておられます。
今は一心に御仏(みほとけ)に御縋りするのみ……」

 ほほっ、きいっと猿が鳴いた。
 猿の吠え声は古代中国の詩歌では郷愁、悲哀を表すとされ、
伊吹おろしの風にも負けず、
仙千代の心の耳にそれは届いた。

 秀政に促され、仙千代は於葉の手を取り、霊所まで送った。

 秀政と二人になった後、
互いの間に沈黙の他、何もなかった。

 やがてこの日、
秋山虎繫、於艶の方らの処刑が行われ、
秀政と仙千代は於艶の血を浴びていた。


 

 

 
 
 
 

 



 


 

 


 


 


 


 
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