第102話 多聞山城(12)水飴②

文字数 846文字

 重勝が語るには、
既に鬼籍に入った祖母なる人の水飴は、
非情に美味で、今も忘れられないという。

 万見家でも米に余裕のある時、
養母(はは)や姉達が一晩がかりで作ることがあって、
匂いが漂ってくると、
小さな仙千代は、
明日には口に入るかとわくわくしたものだった。

 「婆様に、
おいでおいでと小声で呼ばれた時は、
果たして水飴が出てくるのかと期待して、
唾がわきました。
兄弟姉妹、いとこが居りましたが、
水飴をくれる際は、
何故か孫子(まごこ)はそこに一人だけなのです」

 先ほど声を荒げていた彦七郎が、
何事もなかったように、

 「幼子(おさなご)は何人も居たのであろう?
それが必ず一人だけ呼ばれる、と」

 重勝は頷いた。

 「甘味が嬉しく、夢中で頬張っておると、
婆様は言うのです。
おまえが可愛い、
婆様の一番大事な子はおまえじゃ、
大事な子、大事な子と」

 無心に舌鼓をうっている童と、
見守る老婆の姿が浮かんで
温かなものが込み上げる。

 しかし何故いつも一人だけに?……

 去来した疑問は一同のものでもあって、
源吾は続けた。

 「見てしまったのです、ある日。
婆様の膝に抱かれた従弟(いとこ)が飴を舐めていて、
婆様が言うておるのです、
可愛い可愛い、おまえがいっとう大事な子と」

 源吾はありのまま、泰然自若に映る男で、
何の滑稽話をしているでもないのに、
全員、ぷっと噴き出したり、
唖然とした後、笑ってしまった。

 「こちらにしてみれば驚きだったのです、
幼心に。
おや?婆様は儂が一番じゃと言うたではないか、
儂がいっとう可愛いと言われたではないか、
なのに何故、
従弟の源六にも同じことを言うておられるのじゃと、
ひたすら仰天し」

 巻介が、

 「婆様はどの孫子にも、
同じことを言うておられたのじゃな」

 と言うと、源吾が、

 「幼い者だけではござらん。
その後、やはり(たま)さか見掛けた時は、
(よわい)四十を超えた我が父が婆様の飴を舐め舐め、
頼りになるのはおまえじゃ、
おまえは誰より大切な子じゃと言われておったのです」

 源吾は何ら笑わせるつもりはなく語ったのだが、
いよいよ全員、爆笑となった。

 


 

 
 



 
 

 

 

 





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