第251話 勝家の一門(2)室の座①

文字数 592文字

 主従の間に流れる思いが真であって、
どれほど深く、強かろうと、
たとえ『古事記』に記された尊い間柄に源流を辿ろうと、
今この世ではあくまで男色、衆道は、
貴族、寺社、武家の高級習俗であり、
また、ある場合には、
性的嗜好や戦場での実利を伴う慰みであって、
一族の長、まして大名家の主が(つま)を持たず、
実子をもうけることに積極を見せぬとは、
一家の経営と安泰を思えばあって然るべき
本来の姿ではないはずだった。

 仙千代が知るところでは、
勝家の評価は家中で一貫しており、
信長の生涯に於ける随一といって良い恩人で、
信長が勝家を他の家臣の下に置くことはなく、
勝家もまた信義に応え、
信長のあらゆる戦いに骨身を惜しまず出陣し、
時に大怪我を負おうとも
癒えぬ内から次の合戦に向かうという、
織田家の躍進を支え続けた重鎮だった。

 ある時、仙千代ら、
ごく身近な近侍だけが居合わせた場で信長は、
勝家に室が不在であることを口の端に乗せ、

 「権六の周りは男ばかりで、
室の代わりを姉妹がやっておるようだが、
あれでは何かと座りが良うない。
 小姓は小姓、室は室。
 別のものだと分かっておろうに。
 正室であれ側室であれ、
子を成す相手は室であるからの。
 戦が忙しいのは誰も同じ。
権六の働きは際立っておるが、
忙しさが室や嫡子を持たぬ理由にはならぬ。
 もっと出世させてやりたいが、
室が居らぬではのう」

 と脇息に身を預け、
珍しいぼやきを見せた。


 

 
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