第106話 多聞山城(16)巻介②

文字数 659文字

 巻介の家は豊かなのだから、
親類衆も読み書きが出来るのではないかと思ったが、
文字が読めれば良いのかといえば、
それだけで済まないのが城勤め、
中でも近侍で、
仙千代や市江兄弟とて、
家格は高くないものの、武家の文化に育って、
所作振舞、礼儀に於いて、
勤めに支障を来すようなことはなかった。
 強いて言えば唯一、大きく戸惑ったのは、
小姓は殿の褥を温め、
護る役目を帯びている場合があるという、
その一点を知る機会なくして勤めが始まってしまったことだった。
 
 年齢的に、高家の子息であれば、
既に施されているはずの性指南をされないまま城へ上がってしまい、
仙千代は実地で性というものを知ったが、
側室や小姓が居るような家柄でもなし、
まさか息子が、
国主に召し出されるなど考えもしなかった親にしてみれば、
そこだけは後手に回ってしまったというか、
教えるべき機会を失ったまま、
城勤めに出してしまったというのが実情だろうと想像された。

 巻介は仙千代より背が高いのに、
目方はかなり軽そうだった。

 「儂がここまで育つとは、
誰も思うておらんかったんじゃ。
身体が弱い儂を見て、
お父っつあんにしてみれば、
長じた後、万一にも困らぬよう、
暮らしの糧になるやもと村の御武家の御長老に頼み込み、
学びを与えた。
しかし可笑しなものだな。
病弱を慮って手習いを授けたはずが、
遠征あり、戦場ありの武家務めに入ってしまった。
人の運命(さだめ)は分からんものじゃ」

 海辺の村で潮風を浴び、
磯の香に包まれて、
ただ天然に育った自身の幼い日々を思い出し、
仙千代は巻介の言葉を我がごとのように聴いた。

 

 

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