第4話 制勝の朝(4)信仰①

文字数 446文字

 仙千代は震撼を禁じ得なかった。
武士の行動原理には御恩と奉公、
忠、義、勇と様々あるが、
主への忠誠すら、ある意味、
実利を伴っていると言えなくはない。
 「名こそ惜しけれ」も、
己が討死しようと、惜しんだ名には、
遺児、子孫が命脈を繋ぐだけの利が残る。

 御旗(みはた)教、楯無(たてなし)宗ではないか、まるで……

 こう言っては何だが、
たかが一番頭(ばんがしら)でさえ、
主の源氏最高血統として(ほとばし)る名門意識に囚われて、
引き返すことが可能であった劣勢の戦いに身を投げた。

 ふと仙千代は、
長島一向一揆征圧戦を思い出していた。
 
 十万有余の鍛えられた織田軍に対峙した一向門徒。

 同じく十万とはいえ、
どれほど女子供、老人が居たか。
 骨の髄まで南無阿弥陀仏に染まった民草は、
ただ浄土を信じ、
飢え渇き、斬られ、焼かれ、
阿鼻叫喚の末、命がついえた。

 武田という名の信仰なのだ、
それが烈士勇士の命を奪ったのだ……

 仙千代は目の前の武田武士の、
おそらく二度と繋がらないであろう、
二本の指の赤い切り口に目を凝らし、
大勝利の翌朝に似合わぬ苦い砂を口中に味わった。


 
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