第38話 熱田 羽城(9)加藤邸⑨

文字数 1,013文字

 正直、竹丸と仙千代が無二の友であるという事実は、
信長の予想の外のことだった。
 
 竹丸は同輩に馴染もうとせず、
超然としていた。
 気付かぬ信長ではなかったが、
務めぶりは文句のつけようがなく、
例えば堀秀政のように優秀な者には純な敬意を示し、
また、上の者に無礼を働くことは無論ないので、
それ以上を求める必要もないことだった。
 
 いくら性格が良かろうと、
それだけで乱世を生きてはいかれない。
 また人は、
性分を外から捻じ曲げるにも限度があると、
自身を見ても知っていた。

 とはいえ、
仙千代達が岐阜へやって来てからの竹丸は、
柔らかな表情を見せることが増え、
意外にも面倒見の良さも垣間見えて、
信長は好ましく受け止めた。

 一方、仙千代も仙千代だった。
今でこそ、思慮深く、
全方位に目配りを利かせ、
智略、機微に通じ、
本来の聡さが発揮できている。
 だが、当たり前だが、何も完全ではなく、
気儘さは特に当初、目に付いた。

 仙千代は、
望まれて入った遠縁の養子先では、
けして裕福とは言えぬ家事情の中、
唯一の男子として別格の扱いで、
養父母や姉妹達の愛を一身に受けて育ち、
本来、
武門の家の跡継ぎとして期待の息子であったはずが、
信長が万見家当主に仙千代の出仕を命じたところ、
本人に一刻一途に過ぎる面があり、
むしろ迷惑になるのではないか、
軍務や近習仕事より、
末は文事、学問に進ませるべきではないのかと迷いを見せ、
君主の小姓としての大出世の道に、
養父自ら逡巡を見せる有り様だった。

 仙千代は甘かった。
真綿にくるまれてとまでは言わないが、
確かに甘やかされていた。
彦七郎と彦八郎の見守り、
竹丸の支えがあればこそ今の仙千代があった。

 (たま)さかの僥倖で、
竹丸ら四人は幼馴染で、
縁がすべて上手く回した。

 もし竹丸と仙千代が険悪であったなら、
力関係を図りつつ、
小姓達、いや、
他の家臣もそれぞれ派閥が分かれ、
信長の身辺は不穏な空気に包まれていた。
 それでは近侍として、
本末転倒だと言わざるを得ない。

 若殿の近習も三郎が上に立ち、
皆をまとめ、妬みや諍いをよく防いでいる……
満月三郎、(たで)食う虫だと三郎を見て、
勘九郎の好みに仰天したが、
勘九郎は勘九郎で人を見る目があったのか……

 同衾した後の心地良い疲労の中で、
ふと、信忠と、丸狸だった昔の三郎の
閨房での図が脳裏をかすめ、
信長はふっと笑った。

 「何を笑われるのです。
尋ねにお答えになっても下さらず」

 竹丸の扇ぐ風が薄荷(はっか)の肌に涼やかだった。

 


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