第412話 安土へ(3)弟達②

文字数 1,246文字

 「おかしな言い方をする。何だ、それは」

 仙千代も書いた副状(そえじょう)の文面を確認していて、
目線は落としたままだった。

 「兄上の弟は私や祥吉です。
なれど兄上は私達には厳しくなさり、
虎松達には……」

 仙千代は筆を置き、銀吾に正対した。

 「聞き捨てならぬ。何の不服か。
虎、藤、小弁には後ろ盾が居らぬ。
 しかも連れてきたのはこの儂だ。
あの者達の親代わり、兄代わりを務めるのは当然の人情。
左様なことも解さずに不満を抱くとは。
 情けない」

 銀吾の隣の祥吉に、

 「祥吉。思うことあらば申してみよ」

 と仙千代は訊いた。

 「(しか)らば……」

 祥吉は控え目に述べた。

 「医家や古刹で燻る気持ちを抑えきれずにいた私や銀吾兄を、
岐阜へ呼び寄せ、
上様にお仕えする身に取り立ててくださった兄上への恩は山より高く、
海より深いと常々二人で話しております。
 兄上の御役に立ち、お支えし、
また我らもよく学び、成長してゆきたいと。
 私達は兄上と暮らし、充実し、
満ち足りておったのです。
 なれど高橋兄弟、山口小弁。
三人に兄上は何かというと心を砕き、
霜焼ひとつ取っても私達兄弟が足にこさえようとも、
気にも留めずおられたではありませんか。
 兄上は私達よりあの者達が愛しいのですか」

 仙千代は立った。

 「馬鹿々々しい。答える気にもならん」

 書くべき副状の山を放り出し、
仙千代は部屋を出た。
 各国大名、武将、有力者は、
礼儀上へりくだり、信長に直に書状を送ることはなく、
菅谷長頼、堀秀政、長谷川秀一、
そして仙千代ら側近に用向きを伝える。
 信長の決済を仰いだものも副状は必須であって、
むしろ副状に詳細は記されていた。

 下知、訴えの裁定、儀礼のやりとり、
所領や知行の安堵、徳政等など、
山積する副状書きは側近勤めの重要部分を占め、
一日の遅れが事態を違わせる結果にならぬとも限らず、
また溜め込めば収拾がつかなくなって
いっそう追い込まれる羽目になる。

 兄弟揃って何を甘えた……
霜焼がどうこうなんぞ……

 庭へ出た仙千代は空家となった両隣の主を思った。
池田元助は父、恒興を助け、岩村城攻めで功績をあげた。
 竹丸こと秀一は信長の姪を正室に迎え、
得意の普請仕事で安土での活躍が期待され、
前途が輝いている。
 岐阜へ来て四年が経っていた。
 この間、己が為したことは何だったのか。
 外交、折衝、饗応は確かに多くを任され、
大過なくこなし、家中に於いて適任だとされている。
 仙千代を窓口にしたがる武将、公家は多く、
というのも仙千代が間に入れば信長への通りが良いからだった。
 無論それとて才や知見がなければ出来ないことで、
仙千代自身、自負がないわけではないが、
武家に身を置く以上、
未だ武功のないことが心に錨をおろしているのも一方の事実ではあった。

 望みもあって銀吾、祥吉を呼び寄せはしたが、
儂は二人を放ったままにしていたのやもしれん……
 日々に追われ、任務に追われ、
十二や十三そこらの二人を十分目をかけてもやらず……

 月の明かりに影が動いた。
 振り返ると三郎が居た。

 

 
 


 

 

 




 


 

 
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