第433話 第三部 了に寄せて(7)

文字数 807文字

 ……山口小弁④


 小弁の逸話は、
「蘭丸」物に第一級史料が元となった良質なものはなく、
後年、衆道の美談として成立、読物となって世に広まり、
いつしか事実のように語られていることと類似するかもしれません。

 ……本能寺の変、同日。
 二条新御所。
 信忠、最後の戦い。
 
 興味深いのは信忠も信長と同じく、
死体が見付かっていないこと。
 信忠はさかのぼること三ヶ月前、
総大将として武田家を滅亡に追い込んでおり、
勝頼の哀れな最期を思ってか、
自身はけして首が晒されることのないよう、
死体を板敷の下へ隠すよう強く命じたといいます。
 父子は美学も共通していたのですね。
 
 逃げようと思えば逃げられたかもしれない信忠。
 が、信忠は逃亡を選びませんでした。
 これにより、徳川史観か、

 「織田家の栄光を半日で終わらせた男」

 とも言われる信忠ですが、
あの信長から異次元の扱いをされた織田家嫡男として、
他に道はなかったと想像します。
 信忠という人は幾つかのエピソードを知るだけでも、
真からプリンス気質、誇り高い人物です。
 それも当然で信長がそのように育てた上、
父母以外に頭を下げた経験は人生で数回あるか無いかでしょう。
 このような信忠に惨めな末期は考えられなかったと思います。
 
 目と鼻の先の本能寺へ援軍に出れば多勢に無勢で、
三万ともいう明智の軍勢に討たれることは必定、
そうなれば信忠は捕えられ、首が晒されます。
 かといって都からの脱出途中で捕縛されれば、
これもまた首を捕られる。
 信忠の傳役(もり)にして濃姫の弟、斎藤利治は、
信忠に脱出を進言したといいます。
 しかし京を背にすれば、
父を見捨てたという汚名を被ることは目に見えている。
 情報は錯綜。
 万が一にも名の汚れることを恐れた信忠。
 生涯唯一の籠城戦により26歳の命を散らしました。
 
 主君、信忠と共に討死を果たした山口小弁の逸話は、
二、三のパターンが見受けられます。

 山口小弁⑤へ……

 
  
  
 





 
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