第297話 女城主(4)六大夫③

文字数 820文字

 信長は信忠軍の副将に河尻与兵衛尉秀隆を
志多羅原での戦いに続き、任せていた。

 織田家先代、信秀の小姓であった秀隆は、
信長が最も頼りとする一人で、
父亡き後も信長に仕え、
尾張統一時代、信長が組織した親衛隊では筆頭を務め、
弟の信勝誘殺の際は実行役を果たし、
また死を覚悟した桶狭間の戦いでは、
秀隆は信長の五人の小姓衆と共に真っ先に同道しており、
信長にとり、腹心であり、
時に兄とも慕う存在だった。
 今回、極めて長期の包囲戦を若い信忠が耐え、
三万という大軍の統率の完遂をみたのも、
重鎮、秀隆の存在がいかにも大きく、
いよいよ此度こそ、秀隆の長年の忠節に応えるべく、
描いた論功行賞の図が信長にはあった。

 「うむ。それで良い。
与兵衛(よひょう)といい、勝九郎といい、
総大将は良き家来に恵まれ、果報者じゃ」

 勝九郎とは元助の幼名だった。

 「と同時、この戦では与兵衛、勝九郎はじめ、
多くの将が一門や家来を、
半年の包囲、そして討伐戦で喪っておる。
他の武将も同様にして、
無傷で済んだ者は誰一人居らぬ。
 一介の雑兵とても同じこと。
妻子を食わせるが為、赴きながら、
遺骨遺髪のみ還るという例は数知れず。
 その無念を思えば身内だからと赦免をすれば、
亡くなった将兵に顔向けは出来ず、
家中も治まらぬ。
 若殿の判断は正しいものだ」

 織田方にあった岩村城を奪い、
亡き父の妹を強引に娶り、
信長の幼い五男 御坊丸を武田屋敷へ送り、
半年もの間、三万もの将兵を苦しめ、
巨額の戦費を使わせた虎繁は、
助命の可能性を(はな)から失っていた。
 御艶の方は数奇な生涯に哀れを禁じ得ず、
岐阜へ引き取り、尼寺に入れる道がないでもなかった。 
 しかし、日根野弘就(ひろなり)の喩えを持ち出す於艶の方は、
既に虎繫の室であり、そこに夫を救わんとする必死の懇願をみた信長は、
むしろ、断罪せざるをえないと決意した。
 叔母の流転の人生は憐憫を抱かずにいられなかった。
それは一個の人としての信長で、
尚、大きくあるべきは織田家総領としての信長だった。


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