第407話 披露目(3)笛の主

文字数 1,453文字

 声の主は三郎だった。
 確かに三郎は凝り性、研究熱心な(たち)をしていて、
そもそも幼い頃は食いしん坊、
良く言えば食に関する興味が強く、
小姓仲間にあれこれ食材、
調理法について蘊蓄(うんちく)を開陳していたが、
皆、城勤めの夜討ち朝駆けの身では絵に描いた餅で、
料理に凝る余裕もなければ材料を手に入れる閑とて皆無で、
三郎の話を面白可笑しく聴きつつも、

 「家が恋しくなる、迷惑じゃ」

 だの、

 「美味そうなだけに無いものねだりは辛い、やめろ」

 だの、文句を言う真似をして呆れて笑った。
 他にも三郎は健康法を調べてみたり、
長じては信忠の昇進に伴い、
有職故実(ゆうそくこじつ)に関心を示し、
公家と交流を持ち、学んだり、
信忠が猿楽好きで音曲も好むというので笛太鼓を熱心に習い、
竹を用いて篠笛を手製するという器用さも見せた。
 まったくの金槌であったはずが、
溺れかけ、信忠に助けられた件を機に、
今では水術の名人ともなっている。
 三郎は努力を楽しみとし、
楽しみを一芸に高める名人でもあった。

 とはいえ三郎は……

 仙千代の胸は疼いた。

 秋田城介(じょうのすけ)として公卿に列した信忠に
小弁のような出自、出身の者が近付くことを三郎は良しとせず、
主への忠義心から不審、不快を隠さなかった。

 三郎が差し出した篠笛を仙千代に合図を受けた銀吾が、

 「拝借致します」

 と承って、庭の小弁に手渡した。

 小弁は恭しく両手で受け取り、
笛を唇にあてた。

 奏でられた旋律は何処で知ったものなのか、
山口座で披露されたことはないものだった。
 何処か悲しげでもあり、
死が身近な日々、病や戦で亡くなった人を思うのか、
涙に濡れる者も居た。

 と、ある武断派で鳴らす武将が、

 「楽しくも愉快であった御狂(おくる)いの宴で、
何故あのように心寂(うらさび)しい曲を奏でる。
 不埒千万、無粋じゃの」

 と言の葉に上げると隣の富豪は半ば仕方なさそうに、

 「年の瀬なれば明朗に締め括りたきもの。
それは言えぬこともないですな」

 と同調めいた。

 聞き付けて入ったのが、やはり三郎だった。

 「涙は悲しみを洗い流し、
拭い去りもしてくれる不可思議なものにて、
場数を踏んだあの者は、
その力を存じておるのでありましょう。
 涙が浄めた心には喜びが鮮やかに染み入りまする」

 三郎のとりなしは人心の機微をついた尤もなもので、
武将は黙った。

 信長が、

 「小弁。
 次には何ぞ、明るき曲を披露するのであろう。
迎える春にふさわしい、陽気な音色を吹いて聴かせよ」

 と加勢し、三郎は畏まり、頭を垂れた。

 小弁は手拭いを田吾作被りにするとスクッと立って、
篠笛をピイヒャラと鳴りに鳴らせ、響かせて、
おどけた動きで踊りに踊った。

 「何と、あれは小雀か。
愛くるしくも笑えるの!」

 「いや、雀ではない、
あれではポンポコ狸じゃ」

 「田舎の祭りの酔った狸じゃ」

 「確かに確かに。
酒に酔い、足がふらついておる」

 小弁の芸の達者なことは場を魅了した。
 信長、信忠はじめ、全員が笑顔となって、
中には席を立ち、共に踊り、笑い狂う者も居た。

 三郎は小弁を警戒し、嫌悪すら滲ませていた。
 が、笛を持っているからには隠しはせず、
また、小弁が非難を浴びれば正論を張った。

 だからとて、芯の通った三郎のことだ、
秋田城介たる殿に役者風情を近寄せたくはないという思い、
そこに変化はないはずだ、
それでも是々非々で臨む姿は清々しきことこの上ない……

 長じるに従って誰もがいつまでも
仲良しこよしではいられない。
道は幾筋もあって何処に向かっているのか。
 だが今は仙千代は感謝した。
そして友を敬う心は尚、強かった。




 


 
 
 

 

 


 



 

 
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