第295話 女城主(2)六大夫①

文字数 993文字

 「して、虎繁の嫡男、六大夫(ろくだゆう)なる者、
(よわい)如何程(いかほど)か」
 
 信長の尋ねに池田元助は一瞬、口ごもった。

 「二歳が近いと聞き及びます」

 「何!見ておらぬのか」

 元助が言うには、
織田軍が設けた柵を突破して秋山軍が水晶山に夜襲をかけた際、
混乱の中、
虎繁の小姓が六大夫を連れ出して姿を消したといい、
虎繁も誰もその行方を掴めずにいるまま勝敗が決し、
虎繁、艶はじめ、
城内の重臣らも六大夫の居所について所在を知らぬという風で、
使者の塚本小大膳もそこに嘘偽りはなく見受けられたと
信忠に報告をしたという。

 「赦免した?一家揃っておらぬのに!」

 仙千代の前の信長の背に、
受けた意外と湧いた怒りがあった。

 「嫡嗣(ちゃくし)ぞ!秋山の!」

 次には、「勘九郎は甘い」という台詞が響くに決まっていた。
 しかし元助が信長の怒声を浴びる前に、

 「総大将の仰せには続きがあるのです」

 と言いつつ、頭を垂れ、

 「話が前後し、申し訳ございません。
総大将は上様と同じ御考えでございました。
たとえ幼児であろうとも欠けてはならぬ、
惨敗の将が子を逃すようなことあらば
真っ当な交渉にはならぬ、
盗人が盗品を隠したまま詫びる真似をするようなものだ、
左様に仰ったのです。
総大将の御胸には、
浅井万福丸失踪の件がおありでした」

 浅井長政に於市の方が嫁した時、
浅井家には朝倉義景に人質で出ている
万福丸という嫡男が居た。
 生母と死別している上に、
元々の主家である朝倉家で幼少期を送る万福丸を、
於市は哀れにも愛しくも思い、
常に気に掛けていたという。
 やがて長政が信長から離れ、
義景と関係修復を果たすと万福丸は浅井家に帰った。
その後、信長の朝倉・浅井討伐戦が始まって、
敗色濃厚の中、
木村喜内之介なる長政の小姓あがりの側近が
万福丸を逃し、匿った。
 信長は徹底的に探索し、
あらゆる手立てを使って見つけ出すと、
万福丸を関ヶ原で磔にした。
 享年十だった。
 万福丸を奪われ、喜内之介も、
先に自刃していた長政を追い、その死に殉じた。

 仙千代の動悸が速まった。

 上様は浅井長政に強く期待し、
揺るぎない信を寄せておられた、
それが弟君はじめ、功臣、重臣の方々を討たれ、
御自身も赤裸同様の身で撤退された折、
鉄砲傷を負われ、
あわや御命を落とされるところであった……
 初陣で若殿は上様の御処断、為さり様を、
確とその眼で観ておられる……
 万福丸様の一件は、
若殿の記憶に刻み込まれている……




 

 

 
 
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