第229話 北陸平定戦(21)人間道

文字数 678文字

 信長のもとには、
戦局を読み、織田軍に加勢した地侍衆や
抵抗空しく敗北を喫した一向門徒が押し寄せて、
正式に臣従を願い出たり、
今更ながら赦免を請うたりしていた。
 敵軍のうち、
越前 堀江と小黒(おぐろ)西光寺の一向門徒は、
申し開きに筋が通っているとして、
聞き届けられた。
 しかし加賀では稲葉、
明智、羽柴という諸将が進軍中につき、
自軍の戦意を落とすが如くの処断は不能で、
この日までに捕虜となった者、
斬首された者は総じて三万、四万という数に上った。

 北庄(きたのしょう)の夕暮れに築城の槌音が満ちる一方、
敗残者の怨嗟の怒号が鋭く響いた。

 叫喚、愁嘆の場で、
記録簿に筆を走らせる信定の表情は、
動かなかった。
 だが、末期を知った地侍が信長に、

 「将を斬り、
残った兵を奪い取っては膨張し、
各地で蹂躙を続けるはまさに仏敵!
おのれ、信長!
地獄道を輪廻せよ!」

 と叫んだ時は、

 「この人間道に生まれ、生きたことでは、
誰もが同じ。
生の果てに憎悪で口の端を濡らせば
仏が何と思われるか」

 と説いた。

 一向門徒の地侍は動きが止まった。
 信長も長秀も、
差し置いて口を挟んだ信定に関与しなかった。
 ただ有象無象の戯言だとして信長は、

 「次!」

 とだけ放ち、長秀もその意を受け、

 「引き立てよ」

 と地侍を冷えた淡さで刑場に送らせた。

 死の宣告を受けたその背を
信定が見遣ることはなかったが、
若くして信長に仕えた信定であればこそ、
信長の胸中を知り、
ついて出た言葉であったのやもしれぬと
仙千代は受け止めた。
 あくまで信長は為政者、支配者なのであり、
私人としての信長が
残酷、残虐を好む者ではないことを仙千代はもう知っていた。

 
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