第381話 炭火(3)焔

文字数 1,284文字

 小弁の瞼が薄っすらと開き、炭火の(ほむら)が瞳に揺らいだ。
 たいそう美しい子だった。
 切れ長ながら木の実にも似て何処か愛嬌を感じさせる目、
凛々しくも優美を備えた眉、
整った鼻筋、清らかな唇。

 (せい)に似ている……
清三郎に……
 勝丸にも……
 そして誰より儂に……

 清三郎、勝丸、仙千代。
何処か似た面立ちの三人だった。
 そこへ小弁も加わった。

 殿はつくづくこうした顔がお好みじゃ……

 小弁は悲惨な境遇であったのに、
武具商の家に豊かに育った清三郎、
岐阜の加納で土豪の子として鷹匠を目指し、
伸び伸び暮らした勝丸、
養子先で唯一の男子として大切にされた仙千代、
その三人と並んで意外はない何か似たものを、
容色の奥に秘めていた。

 子を売った母であれ虐げた親方であれ、
たとえ陰でも恨みは言わぬ性根、
それは持って生まれた善良、
ひいては心の耀(あかる)さを表していて、
その明朗は小弁の強さそのものであり三郎も含め、
信忠が側に置いた若童は誰もが発揮する本性だった。

 小弁が演じる母子劇の孤児(みなしご)は涙を誘った。
一方、田吾作に扮し、可笑しな唄で舞い踊り、
見物人と軽妙なやり取りをする小弁は誰の笑顔も呼び、
常は感情を露わにすることに慎重な信忠さえも声をあげ笑った。

 この子は……

 次の言葉が思い浮かばぬまま、
仙千代はじっと見詰めた。
 小弁は頬を包む仙千代の手に手を重ね、
朦朧としつつ呟いた。
 
お母(おっかあ)……(ぬく)いのう、お母の手……」

 意識は混濁したままか、
眼差しは仙千代に母の幻を見ていた。
 小弁の生きた軌跡の温かな思い出は、
唯一「母」なのだった。
 酒に蝕まれ、子を銭に変えた母であろうと、
小弁の生きる便(よすが)は母の懐かしい温もりで、
翻って言えばその他に頼る杖は無かったのだと知れた。

 「もう()えじゃろ、儂、
行って良えじゃろ、其処(そこ)へ……
お母が待っとる其処へ……」

 独り、生き抜いた悲しみ、過酷を告げて、
瞳は潤み、訴えていた。

 仙千代の脳裏に瞬時、
逝った朋友の顏が浮かんだ。
 矢を受け、長島の海へ流された清三郎、
高屋城攻めで討死をした伊藤二介、
他にも多くの若い命が戦で散った。

 「(あった)めとくれ……お母……
冷えて……凍える……」

 この命は信忠から託されたのだと仙千代は思った。
 命じられたわけではない。
 それでも信忠の為、守るべきものだと認識し、
心は決まった。

 仙千代は頬に頬を寄せ、
細い背中に腕を回してぎゅうと抱きすくめると、

 「お母さん(おっかさん)、言うておるぞ、
こちらへ来るな、まだまだ生きよと!」

 小弁が問い返した。

 「まだまだ……生きよ……お母が?」

 「大事な宝、大切な子じゃ。
命の(ともしび)を消してはならん」

 「……灯……宝……」

 声は途切れ、眠りへ落ちていった。
 仙千代は体温を移すかのように華奢な童の身を抱いて、
炭火の焔に眼を凝らした。

 命よ、燃えろ、あの火のように……

 信忠が愛を示した小弁に何をやっているのかと、
仙千代は微かな自嘲に乱れた。
 乱れながらも為すべきことに迷いはなかった。
 小弁は山口座には帰らない。
 小弁は信忠の愛により生かされた。
 となれば小弁の行き着く先は決まっていた。
 そこに仙千代の逡巡は微塵もなかった。
 



 
 
 
 

 

 

 



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