第20話 龍城(14)騒擾⑧

文字数 983文字

 静穏ながら厳かに信忠が告げた。
 
 「この者達を討つは今でなくとも良い」

 信康のみならず、
誰もが信忠に驚嘆の目を向けた。

 「と、仰いますと?」

 「我が妹の四人の馬廻りが、
三方ヶ原で討死しておる」

 信康の面に斜が落ちた。
 徳川軍と亡き信玄率いる武田軍がぶつかって、
信玄の陽動にまんまと引っ掛かった家康は、
夥しい数の兵を失い、
生涯最大とも言える惨敗を喫した。
 それが三方ヶ原の合戦で、
支援に向かった織田軍も、
信長のかつての小姓達や忠臣が戦死している。

 「長谷川橋介殿ら、
上様が(つま)に付けて下さった武将達が四名、
勇猛無双に戦った末、枕を並べ、……」

 「三河殿も参じておられた由」

 信忠の言う三河殿とは信康を指していた。
家康は浜松城を本拠としていて、
浜松殿と敬称されている。

 「若輩にて何の力も出せませず。
して、それが何か」

 「これら五人の者共を、
姫の亡き馬廻り達の代わりの従者とし、
三河殿が(しか)と見張って逞しく育ててくれれば
この出羽介(でわのすけ)は嬉しい。
失敗は若さ故。
(ぬし)を思う一途さは嫌うに値せぬ」

 同盟に亀裂を生じさせかねない無礼を働いた罪人を、
信忠は赦免し、あろうことか、
妹姫の警護の任にあたらせよと言う。

 三郎が耳打ちしたのはこれだったのかと、
仙千代は知った。

 五人の咎人(とがにん)は目を剥いて、
汗をだらだら流す者、ぶるぶる震える者、
涙が止まらぬ者、
縄に結わえられた不自由な手で必死に信忠を拝む者と、
五者五様だった。

 信康は(かぶり)を振った。

 「なりませぬ!
左様な御慈悲、お掛けにならず。
この者達は許されざる罪を犯し申した。
しかも、
室の三方ヶ原で散った従者は四名。
数も合いませぬ」

 「良いのだ。
あの四人に加え、
儂が可愛がっておった玉越という小姓の実兄が、
やはりあの戦で討死しておる。
町衆の身で、
織田、徳川の戦いに身を投じたのだ。
故に数は合う」

 それは清三郎の兄、玉越三十郎だった。
竹丸の兄、長谷川橋介ら四人が、
甲冑商である三十郎は武田軍が迫る前に清須へ帰るよう、
強く忠告しても耳を貸さず、
皆様が御討死になさるのであれば御一緒致しますと言い、
自らも戦に加わり、
若い命を散らしたのだった。

 「あの合戦で左様なことが……」

 信康はもう抗弁しなかった。

 「三河殿、宜しいか、それで」

 「無論でございます。
出羽介様の御言葉に逆らうなど、
有り得ませぬ」

 信忠を悪し様に罵った城兵は、
呆然とするばかりだった。

 
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