第107話 多聞山城(17)巻介③

文字数 629文字

 巻介にも仙千代のように、
幾人かの伴が居て、
皆、引き締まった良い表情をしていた。

 「あの者達は殿が付けて下さったのだ。
いっそうの奮迅を期待されておるのだと、
有り難くも、もったいない。
儂も儂で家人(けにん)を増やしてゆかねばと、
何かと努めておるところだ」

 ある部分で仙千代と同じ悩みを有する巻介だったが、
出自に於いて二人は異なっており、
また腺病質にも見受けられる巻介は、
武道の稽古も、もしや、本人には負担なのかもしれないと、
背が伸びたせいもあるのか、
ずいぶん細身に映る巻介を、

 以前より、痩せたか……

 と、仙千代は見た。

 「仙のところへ移ろうか、いっそ。
儂を家来にしてみるか?」

 巻介が悪戯っぽく笑った。

 賢いだけでなく、
一途な真面目さが好かれて、
直政に引き立てられている巻介が、
たとえ冗談にせよ、
そのような言葉を口の端に上がらせるとは、
巻介は実は何を悩んでいるのだろうかと仙千代は思い、

 「儂を殿と呼べるのか?今の今更」

 と敢えて軽口で返した。

 「仙の幼馴染、市江兄弟が出来ておる。
年嵩の源吾殿も同様じゃ。
儂に何故、出来ぬ」

 主君 直政を巻介が心から敬い、
謝念を抱いていることを仙千代は知っていた。
 仙千代はもう、無言で収めた。
巻介もそれ以上、何も言わなかった。
 しかし幾日か、
あちらこちらを共に巡って過ごすと、
相変わらず食が細く、
胃の腑あたりを撫でる癖の巻介に、
もしや巻介は、
塙家に於いて居場所を定めきれていないのか、
如何なる懊悩を抱えているのかと仙千代は眺めた。

 
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