第379話 炭火(1)看立て

文字数 931文字

 万見屋敷に帰り着くと、
南向きの小さな部屋に小弁は寝かされていた。
 昨年あたり新たに女中で入った齢は三十路半ば、
足軽の後家で亀なる女がつきっきりで小弁を看、
万見の養母(はは)や兵太の妻も顔を出しては手伝った。
 亀は夫を戦の痕傷で喪い、幼い娘を抱え、
困窮していたのを万見家が娘共々、手を差し伸べ、
家人(けにん)として引き取った格好だった。

 待ちわびていたか、
仙千代、彦七郎を案内したのは美稲(みね)だった。
 
 「最も日当たりが良いと父上が仰り、
兄上の部屋の前室に小弁が居ます。
 その方がよく暖まるというので、
小さな方の部屋に火鉢を置いて」

 「して、小弁はどうじゃ」

 仙千代、彦七郎の早足に美稲が精一杯ついてくる。

 「ずっと目を閉じたまま水も飲めぬのです。
 於亀が布に浸した白湯で唇を濡らしてやって、
すると舐める真似は致します」

 「熱は」

 「先程やって来た御医者様が薬を配合し、
再度速やかに弟子に届けさせると」

 「うむ、医者に診せたのだな」

 「はい、姉上の御舅(おしゅうと)殿です。
義兄(あに)上は津島の御社(おやしろ)で急病人が出たやらで呼ばれ、
今日は大先生がいらして下さいました」

 万見家は男子が居らず、仙千代が養子に入り、
養父母の子は全員、娘だった。
 姉は武家に嫁いだ者も居れば、
医家や社家に嫁した者も居た。

 「大先生が。
看立ては確かな御方だが、
昨今、脚が弱ってとお聞きしている。
 それを来てくださったとは」

 「はい。有り難いばかりでございます」

 「やはり感冒か」

 「幼い身体に鞭打って働き、
十分に食べず、そこへ冬の寒さが災いし、
風邪をひき、(こじ)らせた……と。
 熱を出す力があればまだしも、
身は冷え切っている。
 今夜が山だという御看立てでした」

 兄の役に立とうと少しでも詳しく、
また正確な報告をしようという美稲の思いが伝わった。
 その懸命な姿に仙千代は、

 誰もが切望しておるのだぞ、小弁!
生き永らえるのを!……

 先に小弁を運んだ彦八郎が、
小弁は殿の御墨付きを頂戴した一座の子役だと、
事情を伝えたに違いなかった。
 これ以上はない看護に
仙千代はひたすら小弁の生を願った。
 岐阜の寺で山口小弁を知った時、
信忠の見入る姿に嫉妬を覚え、
何の罪もない小弁に苛立ちさえ覚えた仙千代だった。
 今はただ、小弁の命が大切だった。
 
 
 

 

 

 


 



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み