第248話 勝家への訓令(6)越前の四人②

文字数 819文字

 彦七郎が、

 「足も向けないよう心掛け、
崇敬せよと明文化してまでお命じに」

 と尚も問うと、

 「うむ。それだ。
柴田殿なればこそ、
その御言葉を頂戴できるのだ。
あの柴田殿さえもが厳命される。
なれば、このあと領地を賜る武将はどうか。
柴田殿ほどの功臣がそこまでの仰せを頂くのなら、
他の家来は尚更だ。
 足どころか髪の先さえ向けてはならん。
とは、思われぬか?
 柴田殿は他を代表し御言葉を賜ったのだ」

 「なれど……
当の柴田殿は如何受け止めましょう」

 「いつもの上様だと思われるであろうよ。
彦七郎達が岐阜へ上がる前の話、
帝の弟君にして、
天台宗座主の覚恕法親王(かくじょほうしんのう)を信玄入道が匿った際、
上様の比叡山攻め糾弾の書状を入道が送りつけてきた。
 その時、署名が天台座主沙門信玄とあって、
これは座主の地位を乗っ取るというよりも、
天台宗は武田が護る、
織田は仏敵であり、
天台宗と打ち揃い、武田は織田を攻撃するぞ、
さあ如何すると、左様な意味だ。
 上様は信玄が座主沙門を名乗るなら、
こちらは第六天魔王であると返し、
まともに受ければ不遜に違いないが、
人々の願いを叶える第六天の王たる自分は
宗派の座主より格が上だと言い返したと儂は読んだ。
 足も向けてはならぬ、ひたすらに敬え……
いつもの上様だ。
この世で真から頭を下げるべき相手など何処に居るのか、
居るなら会ってみたいものだという上様らしい、
いつも通りの上様だ」

 源氏の名家、武田家の頭領と、
覇道に邁進する織田家の主が
文書でどちらが偉いか言い合うとは、
血みどろの戦いを繰り広げる戦国で、
何やら可笑しみを覚えるような逸話ではあった。

 市江兄弟の弟、彦八郎が、

 「思い出しました。
天下の秘宝、蘭奢待(らんじゃたい)切取りの栄誉に授かった折も、
上様は切取りを許された帝御本人に半分を献上なさり、
誰もが上様の御真意を量りかねましたが、
上様はただ上様であり、
事実、それ程の珍宝を切り分けて、
惜しげもなく茶事に使い、家臣に分け与え……。
 上様は左様な御人……」

 

 
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