第344話 尾関邸(1)三郎の思惑

文字数 1,114文字

 岩村城征圧戦の少し前、
三郎は元服し、賀義(よりよし)という(いみな)になっていた。
 尾関という姓は木曽川畔の地名に由来していて、
三郎の家は一帯に根付く土豪にして、
例えば丹羽長秀やその家臣である太田牛一こと信定らと同様、
辿れば尾張守護の直参にあたる家筋だったが、
信長の尾張統一の過程に於いて臣従し、
二男の三郎は信忠の児小姓(ここしょう)として、
ある意味、人質のようにして岐阜の城へ上がったのだった。
 尾関家は、やがて三郎が、
信忠の心誼、寵愛を得たことにより知行が拡大し、
三郎の父は暫く前、病を得、他界したものの、
後継である三郎の兄が信忠軍の遊軍として与力の任にあり、
手堅い働きで家を盛り立てていた。

 三郎、勝丸共に仙千代や竹丸同様、
今では家臣団屋敷地に邸をあてがわれ、
それぞれ家来を置いて小姓仕事に勤しんでいた。

 所用があって三郎邸を訪れた仙千代は、
夕餉を誘われ、食後、
二人はきぬかつぎを肴に酒を酌み交わした。
 酒はよく流通している濁酒ではなく、
大和の正暦寺で仕込まれた清酒で、
各国各地で清酒製造が増えつつある今尚、
特別に入手が難しいものだった。

 「これはまた。
色、味、香り、たまらぬ。
 何よりも清らかに澄み、まるで鏡池じゃ。
 流石、大和は奥が深いのう」

 と、三郎は舌鼓をうった。
 古刹、正暦寺は清酒発祥の地とされていた。

 「巻介(まきすけ)が贈ってくれたか。
 斯様に貴重な酒を手に入れるとは、
難しい土地柄ながら巻介は頑張っておるのじゃな」

 「柿の葉の茶がずいぶん効いておるらしい。
胃も腹も調子の良い日が増えておるとか。
酒は歳暮として大和守護の(ばん)殿が上様に献上し、
茶の話を知った上様が三郎にも分けて下さったのだ。
 野木巻介は(うら)成り瓢箪かと思いきや、
なかなかの才覚の主、塙も心強いであろう、
ああした家来は百人の兵にも相当しようと
上様は仰せであった。
 厄介な案件を巻介は解いて(ほぐ)して、
幾度も解決させたという。
 末成りと仰りながら、
上様の覚えも巻介はたいそう目出度い」

 「儂の茶のお陰ぞ!」

 「いや。三郎の茶ではない。
三郎の御母堂様の御手柄じゃ。
 御母堂様の柿の葉茶じゃ」

 「これはやられた!確かにな!」

 三郎は笑い、里芋をぱくっと口へ放った。

 「ところで、三郎」

 仙千代は直入に質した。

 「小弁の話となると面白くもないという顔。
何故なのだ。
 言うなれば明日、明後日には町を離れる旅の一座、
小弁は哀れではあるが、
ああした子供は世に数知れず居る。
 佐々殿ではないが涙し、同情を寄せ、
されど、それも一時のこと。
 佐々殿の態度こそ、当たり前だと思われる。
 それが三郎はどうにも……」

 三郎は仙千代の言わんとすることに、
こちらも直截に答えた。

 「殿に近付けてはならん、ああした者を」

 

 
 

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