第76話 岩鏡の花(8)検使⑧

文字数 917文字

 秀隆は渋面の皴を深めた。
 
 「数日前も長谷川竹丸ら陣場奉行衆が、
土竜(もぐら)攻めを試みようと検分に出ましたが、
地盤の固さが災いし、
採掘を気取られ、
反撃を受けることは必定にて、
諦める他なく。
しかも城郭は、
山頂高くにあって水攻めには不向きな地形、
さりとて強襲、奇襲も困難至極。
終いには飢餓の限界に達したところで、
火攻めを絡めて討ち入るしかなかろうと考え申す」

 土竜攻めは土竜のように城の下を掘り進め、
水路を断って敵の飲用水を枯渇させたり、
地下から櫓や城壁を破壊して城内へ攻め入る方法で、
生前、西上作戦に出た信玄は、
甲斐の鉱山堀り達を部隊編成し、
土竜攻めで東三河の野田城を落とすと、
三方ヶ原に続いての鮮烈な勝利で家康を震え上がらせた。

 水攻めは、
城の周囲の水の流れを変えたり、
堰き止めて行う作戦で、
極めて大規模な普請となる上、
平城ではなく、
あろうことか高山に城郭を擁する岩村城では
そもそも不可能な戦法だった。
 力攻め、つまり強襲、奇襲も同様で、
兵糧攻めに入って間もない現在、
味方の甚大な損傷が想像され、
城に安易な手出しはできない。

 「そこは地の者、夜陰に紛れ、
食糧補給を其処彼処(そこかしこ)からしておるようで、
今朝も今朝とて、
我らは何も困っておらぬと言わんばかりに、
我が方の斥候数人を弓で射り、
負傷させるだけでは飽き足らず、
肥え太らせた鶏を数羽、
投げて寄越したと聞き及び、
和睦はおろか、
一切の交渉をする気がないのだと知れましてござる」

 秀隆とて、
大恩ある亡き大殿 信秀の娘である艶姫の城を焼く、
要は、
事と次第によっては将兵のみならず、
姫の命まで奪うなど、
決して望んでいないに決まっていた。
 
 かつて、
信長の命を二度まで狙った信長の実弟 信行を、
謀殺する使命を帯びて実行したのは秀隆だった。
 尾張 末森城址の南、
信行が亡き信秀を弔う為に建てた桃厳寺という寺があり、
秀隆は折に触れ、使者を遣わせ、
財を捧げ、布施を行っているという。

 そのような与兵衛が()く申すのだ、
やはり火攻めは免れないのか……

 夏の昼日中であろうと冷風のそよぐ水晶山で、
信忠はふと、身に熱さを覚え、
焼き討ちの命を下すのは他でもない己なのだと、
地獄絵図が眼前にあるのかように虚を凝視した。





 


 

 








 

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