第154話 雷神と山中の猿(5)天誅④

文字数 845文字

 信長と秀吉はやがて話題を移し、
二人の笑い声がよく響いた。

 襖を隔てたこちらでは佐吉が、

 「我が殿があれに申します通り、
興福寺は(いかづち)被害を大和守護、
(ばん)殿のせいにして、
守護を気に入らぬ雷神が天誅を下した、
仏罰が落ちたと噂を流しておるのです」

 と声変わりの最中か、
少しばかり喉を(かす)れさせ、言った。
 石田佐吉は仙千代より一歳下で、
福島市松、加藤夜叉若と順に一つづつ、
齢が下がった。

 「永年の実効支配を続けた大和に於いて、
権力が奪われ、誇りが削られた。
憤懣(ふんまん)の行き場を無くし、
雷火災をこれ幸いと守護殿、
ひいては上様のせいにして、
幾ばくか溜飲を下げたということか」

 という仙千代を受けて佐吉が、

 「商人から耳にした羽柴の殿は、
あらぬ妄言を民に植え付けんとするやり様はけしからん、
興福寺は稀なる宝物(ほうもつ)を抱える名刹ながら、
やっておることは俗そのものだと憤慨しておりました」

 市松がここで入った。

 「興福寺、
稀なる宝物とは何ですか」

 近江の古くからの土豪、
石田氏の出である佐吉は、
桶屋の息子の市松、
鍛冶屋が家業の夜叉若という尾張からの二人と異なり、
畿内の文化、文物に触れて育ち、
また学習好きなことから、

 「大化の元に藤原鎌足が釈迦三尊像を造立したのが
始まりだという古刹中の古刹ゆえ、
千手観音菩薩立像、阿修羅(あしゅら)像など、
容易く世の目に触れぬ寺宝を挙げれば(きり)がない」

 と、直ぐに答えた。
 
 明朗な性格の市松が、

 「たいかのげん。
ふじわらかまたり。
後で調べておきます。
のう、夜叉若」

 声を掛けられた夜叉若は、

 「儂に調べさせ、
答えを聞こうという魂胆でしょう」

 と兄貴分の市松を睨む真似をした。

 「ばれてしまった。許せ」

 「毎度のことでござる」

 縁戚同士の二人は笑い合った。

 やがて市松が、

 「左様に有り難き仏様、
いつか拝んでみたいものです」

 と言うと、佐吉は市松を一瞥し、
微かな笑みらしきものを見せつつも、
仙千代に、

 「万見様はいずれ拝観なさいましょう。
大和に使者として、
今後も立ち入るとお聞きしました」

 と水を向けた。

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み