第385話 初霜の朝(4)決断

文字数 698文字

 仙千代は虎松、藤丸を(しか)と見遣った。
 いかにも性根の真っ直ぐな良い眼をしていた。
 
 どうしたものか……
叔父なる人の気持ちも分からぬではない……
 武士だけで天下布武が成るものでもない……
だとすれば百姓として生き抜くも誉れ……
 が、二人が亡き父をこの上なく敬い、
尊ぶ思いも無下にはできぬ……
 この純粋は尊いものだ……

 藤丸が大粒の涙を零した。

 「連れていってくださいませ!岐阜へ!
どうか、どうか!
 儂も兄上もけして御恥はかかせませぬ!」

 「我ら兄弟、父以上の働きを、
必ずや、してみせまする!」

 仙千代は息を深く吸い、静かに吐いた。

 そこへ、小弁の呻きが聴かれた。

 「うう……」

 一同の視線が集まった。

 「小弁!」

 仙千代の呼び掛けに小弁が、

 「葱……葱が……」

 と口走った。

 巻いた当人達、虎松と藤丸が小弁のもとへ慌てて寄った。

 「どうした!」

 「ゆったり巻いたに、きついのか」

 心配、不安の二人に小弁が(うな)されながら、

 「く……く……」

 と手を葱へ添え、眉間に皴を寄せた。

 「苦しいのか!」

 「痛むのか!」

 という兄弟に小弁は、

 「く……臭い……」

 と言った。

 「臭い?」

 「はああ?」

 「臭うて……青臭うて……」

 仙千代、彦七郎、彦八郎は大笑いした。
 虎松、藤丸は不機嫌を隠しもせず、

 「大人しく巻いておれ!」

 「緩めてはならん!寸分も!」

 と病人に容赦なかった。

 高橋虎松、高橋藤丸、山口小弁。
 三人は岐阜へ連れてゆく他ないと仙千代は決めた。

 ええい、もう知らん!
いっそこの三名、
十把一絡げ(じっぱひとからげ)じゃ!……

 彦七郎、彦八郎も異存を見せず、
仙千代と心を一にしていることが伝わった。

 
 

 

 
 
 

 

 
 


 

 
 
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