第158話 雷神と山中の猿(9)反物②

文字数 712文字

 鷹狩りや旅の道中は人々に分け入り、
暮らしぶりを知る良い機会で、
土地の者との交流があった。

 何某か芸を披露して物乞いをするでもなく、
集団で暮らし、助け合うでもなく、
単独で一ヵ所に留まって貧しくしている猿を
信長が哀れんでいるのは、
主が何を言わずとも
近侍達には窺い知れることだった。

 ある時、
一行が山中で休んだ際に菅谷長頼が、

 「あの者は何処にも行かず、
いつも同じ場所に居る。
いざり三百文と言って、
ごく近い場所の引っ越しでも、
なかなか費用がかかるもの。
あれ程あの者は食い詰めておるのに、
何故ああなのであろう。
三百文すら持ち合わせは無いであろうに、
何を惜しむのか」

 と信長も居る前で聞こえよがしに言った。

 受けた堀秀政が、

 「心身を病んでおるのは明瞭にて、
正しい判断は何も出来ぬのでありましょう」

 と、これもまた、
信長の耳に入るような声を出した。

 「誰ぞ呼んでまいれ」

 二人の話に好奇を抑えられなくなったか、
信長は村人を召し寄せ、事情を聴いた。
 
 すると、この山中の地には、
源義経の母、常盤御前の墓碑があり、
猿の先祖が常盤御前を殺したことから、
その家は呪われて、
猿のような者が代々絶えないのだと言った。

 「我が父は、
源頼朝公生誕の地、熱田に寺を建てた。
寺は今も信仰を集め、
手厚く保護されている。
猿は猿で、
左様に伝承された家の出であるか。
それを度々目にしていたとは、
奇遇と言わず何であろう」

 信長は呟いて、
遠目に猿を見遣った。

 今回、信長の入京時、
仙千代は大和に滞在していた。
 数日前、事後に知ったことだが、
信長は上洛の途で山中に入ると、
家来に命じて村人全員を宿の前に出頭させた。
 人々は何を言い付けられるかと、
恐々と集まった。



 

 






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