第368話 二つの祝言(2)近藤家

文字数 1,590文字

 長谷川家の婚礼を終えると、
次は近藤重勝の婚儀が鯏浦(うぐいうら)で待っていた。
 仙千代の実家の縁戚にあたる鯏浦神子田(みこだ)家の遠縁が近藤家で、
重勝は二男だった。
 近藤家は、
三河と尾張に(またが)る境川沿いに領地を有していたが、
本来、松平の地である三河が織田と今川の草刈り場になって、
猫の眼のように支配者が変わる中で家は力を失い没落し、
縁を頼って暫く前から鯏浦神子田家の家臣となっていた。
 近藤の家督を継いだ重勝の兄は、
神子田家の禄を食んでいる。
 神子田家は源流を近江国に辿る土豪で、
信長が尾張統一した際、
現当主、正治が父と共にその配下に入った。
 桶狭間で武功をあげた正治の手並みを認め、
当時の秀吉が信長の許しを得て臣下とし、
正治は秀吉の重臣となっている。
 仙千代、重勝共に、神子田家を通し、
秀吉と親和性のある家筋ではあった。

 近藤家は鯏浦の木曾川東岸に屋敷があって、
地所内に小川が流れ、一部を池にして食用に鯉を飼い、
そこからあげた鯉が祝宴の膳に上った。
 鯉こく、あらい、甘煮、
どれを取っても懐かしい味で、
また万見の養父(ちち)、伯父も久々で、
これもまた懐かしかった。
 近藤家の人々は、
仙千代、堀秀政という信長側近の列席に畏まり、
はじめ遠巻きにしていたが、
酒が進むと自然、敷居も取れて、
飲めや歌えや、賑やか極まる一席となった。

 秀政の母の実家、美濃の伊藤家の養女、田鶴(たづ)は、
秀政曰く、
「鏡餅に乗った狸」なる容色なのだということだった。

 野良にも厭わず出て働く娘だというだけはあり、
田鶴は白無垢に白塗りという白ずくめでも
地肌の日焼けは隠しようもなく、
これもまた日焼けのせいか、
笑うと目尻の皴が目立ち、如何にも垢抜けず、
その素朴がまた仙千代の好感を()んだ。

 一夜を共に過ごした若い夫婦は、
不思議なもので何やら似通っても見え、
巨躯の源吾が牛ならば田鶴は田鶴で狸顔が牛によく合い、
何とも微笑ましい二人なのだった。

 仙千代への挨拶をする田鶴は、
今日の幸せを噛み締めて声色に明朗を隠せなかった。
 火傷で固まったという右の手は、
伊藤家が用意したお色直しの柑子(かんじ)色の着物の袖に、
そっと隠れていた。
 それは相手を気遣わせまいという心根なのだと伝わった。

 良ろしゅうございましたな、田鶴殿……
村の皆々、御一族の分まで幸せになりなされ……
 (きゅう)様の御目に適った田鶴殿じゃ、
源吾と共に間違いのない道を歩まれよ、
しっかり手を握り合い……

 二人を見遣る仙千代は、
知らずの間に笑んでいたらしかった。
 秀政がやって来て、
仙千代に酒を注ぎ、仙千代も注ぎ返した。
 二人は微笑み、盃を干した。

 「伊藤の家を出る時は、
伯母はじめ、いとこ達、使用人に至るまで、
皆が涙、涙で田鶴を見送ったそうじゃ。
 伯父は付き添い故に、
皆が泣き終わるのを待っていたそうじゃが、
誰かが泣き終わると誰かが再び泣き始め、
収拾がつかぬ、出立が出来ぬと伯父は言い、
最後は無理に切り上げて発ったのだとか。
 田鶴は一生あの家に居ると誰もが思っておった。
よもや上様より屋敷地を頂戴し、
新たな城の御膝元に住もうとは。
 真っ当に生きる。
 光を求めて。
 田鶴は自らの手で幸せを引き寄せたのじゃな。
源吾という大きな心の男を引き寄せたのじゃ」

 「大きな体躯に見合う、大きな心。
それが源吾なのでしょう。
 一夜明け、今朝の二人は何かというと見つめ合い、
こちらが気恥ずかしくなるような。
 いやはや、源吾があのような男だったとは。
田鶴殿が何やら見付け、指をさすと、
言われるがままそちらを向いて、
あれではまるで童のよう。
 ううむ、源吾は尻に敷かれるのやも」

 「それもまた良しだ。
田鶴も初めて見るような弾ける笑顔。
 田鶴のあのような顔、儂は今まで知らなんだ」

 宴の後、多くの者が近藤家に宿泊したが、
鯏浦の万見家は程近く、
仙千代は養父と共に実家へ泊まった。

 その翌日、
思いもしない出来事が仙千代を待っていた。

 

 
 


 

 



 
 



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