第237話 越前国(8)秀政と重勝②

文字数 921文字

 重勝は大きな男で、
骨太の体躯は誰もが圧倒されるはずが、
不思議と威圧がなく、
つい身を寄せたくなる大樹の如き雰囲気の若者だった。
 同齢の(よしみ)か、秀政は親しく扱い、
どちらかといえば小柄な秀政だけに、
並んだ姿は凸凹ぶりが何やら微笑ましい二人なのだった。

 重勝は控え目な口振りながら、

 「尾張でも矢銭の徴収を拒み、
見せしめとされた寺が僅かにあったと聞きますが、
それとて直ちに申し訳ございませぬと謝って、
観念した後は存続を許され、
寺は復興しておるとやら。
 侵略から国土を守るための矢銭でありますれば、
己の寺だけ免れれば良いということにはならぬはず」

 寺社や有力商人に矢銭、要は戦費を納めさせたり、
その交渉を行うことは長頼、秀政、仙千代ら、
側近の重要任務の一環で、
今では重勝も仙千代をよく補佐し、
訪問先にほぼ同道していた。
 
 「そもそも本願寺には王法為本、
支配者の定めた法に従うべしという教義があると、
この源吾、(きゅう)様からお教えいただきました。
 現世においては為政者と力を合わせ、
秩序を築いてゆくが肝要であると。
 ところが現状は、
本願寺の一派、一向宗が先鋭化し、
上様の覇道に抗いを見せ、
武田家、今は無き朝倉家が
本願寺と縁戚関係にある中、
そこにかつての支配者、
足利家の生き残りを賭けた野望が絡み、
上様を仏敵として民に武器を持たせ、
争わせている。
 朝倉義景はもう居ない。
足利義昭も諸国に書状を送り付けるのみ。
武田が力を失えば本願寺も支えを失い、
上様に従う他、道はないでありましょう。
 上様におかれましては、
本願寺殲滅の御意思など微塵もないと
お見受け致します。
 それが証左に尾張も美濃も、
本願寺の寺々は寺領を安堵され、
安んじて仏道に励み、
衆生の苦しみを救う便(よすが)となって、
本来の姿を見せております」

 一気に述べた。

 重勝に秀政は何度も頷いた。

 彦七郎が、

 「つまり……
足利家と織田家の地位が逆転し、
今や足利家は有名無実、
天下の差配は上様が為さっておられるというこの一点、
それを見誤り、
過去の清算に失敗した結果がこの争乱。
左様なことだと」

 と秀政に確かめると、

 「その縺れた糸、
北陸の地では(ほど)かれた。
一本一本、(ほぐ)してゆくのみだ。
それしかない。一本一本……」

 と語った。

 
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