第262話 勝家の夢(7)庄助と久太郎④

文字数 716文字

 信長は怒りを通り越し、呆気にとられた。

 こ奴、死にたいか!
事は時を選ぶと散々言っておろう!……

 幼くして勝家に仕え、寵愛を授かって、
のち、元服間もない長島の合戦で馬印を取り返し、
勝家の割腹を未然に防ぎ、
今では一万石を賜って、
勝家の庶子の二男を養育している勝照は、
いつ何時でも勝家の為、
命を投げ出す覚悟の者なのだと知れた。

 確かに越前は織田家源流の地……
祖の地を終の棲家と決めるのは、
市にとって最善なのやもしれぬ……
 娘達が嫁入り前では、
仏門に入ることも叶わぬが市の身の上、
(しか)らば越前、勝家に嫁すのも悪くはない……
 儂に警戒されまいと思うたか、
生き延びる知恵で長年ろくに閨閥を成さず、
ひたすら戦に邁進し、儂を支えた勝家だ、
儂にしたとて何の不服があるものか……

 勝照のように隙のない若衆が居たのでは、
後に入る市は身の置場がないかと危ぶみもしたが、
これ程の熱をもって市を望むのが最側近の勝照当人で、
また、勝照が人品骨柄に間違いのないことも既に伝わっており、
信長は内心、市は勝家に再嫁させて構わぬと決めた。

 「国母……良い響きじゃ。
市とてこの先も生きていかねばならぬ。
泣き暮らしても一生、
織田家始祖の地で国主を支え、
国の礎を築くも一生。
 天晴れ、庄助。
儂の直臣になれと言いたいところだが、
権六からは過去、又助を奪っておるからな、儂は。
庄助までは盗むまい」

 又助とは牛一こと太田又助信定で、
還俗し、尾張守護 斯波家に仕えていたところ、
斯波家の没落に伴って勝家の配下となり、
教養と能筆ぶりを知った信長が臣下として入れ、
今は丹羽長秀の直臣という身分にあった。

 「されば、於市様に御降嫁願えますのでしょうか」

 伏せたままの勝照の声が喜悦に弾んだ。
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