第47話 岐阜城 古い手紙(2)

文字数 1,142文字

 元服さえ済ませていなかった奇妙丸こと信忠と、
人形遊びが楽しいと書いていた松姫が、
七年の時を経て、
いつしか両家が敵となり、
二人の思いは逢わずして断ち切られた。

 三年前の姫の最後の一通は、
季節の移り変わりは早いけれども、
美濃へ行く日はいつになるかと思えば、
一日が千秋のようだと(したた)めてあり、
織田、武田の関係が決定的に決裂した後も、
松姫が縁談をすべて断っていると知り、
信忠は松姫を思えば胸が痛んだ。

 やがて三郎が姿を見せ、
先程、仙千代が信長からの用向きを伝えに来たと言った。

 仙千代から三郎にもたらされた信長の伝達を受けながら、
信忠は松姫の手紙(ふみ)を箱に仕舞った。

 今更、取り繕っても詮無いことだと思い、
信忠は、

 「松姫のことを考えていた」

 と、言った。

 「未練がましいのか。儂は。
未だ手紙を捨てられず……」

 三郎は松姫には触れず、
意外なところから反応した。

 「岩村御前と秋山虎繫の御子は、
男児であるとか」

 「うむ。歩き始めたばかりの幼子だ」

 「表立って公にせぬようにしておられるのだと
聞き及びます」

 「上様の御気性を慮ってのことであろう。
間者が岩村に入っておる故、
何もかも筒抜けなのだがな」

 「あれほどの名将、
この大敗を受けて岩村を捨て、
甲斐へ退()くこともできますものを、
その動きは見えませぬ。
城を死守せんと、
あらゆる手段を講じておるのでございましょう」

 夫との死別、離縁を三度繰り返したという、
戦国の姫の宿命を絵にしたような生涯の大叔母だった。

 父の一族は美女揃いだと言われるが、
幼い信忠から見てさえ艶姫は華やかに美しく、
それでいて凛とした佇まいは、
清廉な白菊を思わせた。

 信忠の心中を透かし見るように、
三郎が同調した。

 「姫様の初の御子の父が敵将であったとは、
いかに戦乱の世とはいえ、
皮肉が過ぎ、何とも曰く言い難く……」

 討って命を奪おうという四郎勝頼とて、
病没した最初の正室は信忠にとり大叔母で、
艶姫同様、やはり姿、
やりとりが思い出にあった。

 「憂いに御心(おこころ)沈まれるのは、
当然のことだとお察し申し上げます」

 血の繋がった縁者を滅ぼすことを気に病んで、
消沈の様を隠そうともしない主に三郎は、
発奮を促すどころか、同情を寄せた。

 「上様は弟君を誅殺された。
尾張統一の過程では叔父君も同じように。
なればこそ、儂の命もここにある。
戦うことに恐れをなせば上様こそ、
この世にもう生きてはいない」

 「仰る通りでございます」

 何やら糠に釘のようにも思われ、
信忠は、

 「三郎!聞いておるのか、儂の話を」

 と、敢えて強く放った。

 「左様に声を荒げられずとも、
斯様に近くに控えております」

 確かに三郎は真ん前に居た。

 「気弱になっておる主を、
叱咤すべきが役目ではないのか」

 尚も信忠は不機嫌をぶつけた。






 


 


 

 

 

 
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