第7話 龍城(1)龍の化身①

文字数 1,113文字

 家康の生誕地、岡崎城は、
龍神伝説の地に築かれたことから、
龍城とも呼ばれ、
昨日の長篠城奪還、志多羅原(したらがはら)での戦勝を受け、
城下は喜びに沸き立っていた。

 家康は自身は浜松に居し、
東の情勢に目を光らせて、
岡崎城に嫡男 信康を城主として据えていた。
 信康には後見として、
家康の人質時代からの腹心で、
西三河を任されている石川数正が付けられた。

 陽のあるうちに岡崎城に入った信長は、
本丸御殿で寛いだ。
 
 家康の計らいで湯浴みの用意が為され、
合戦の疲れを湯殿で癒した信長が、
仙千代、竹丸に扇がれながら湯冷ましを(すす)っていると、

 「徳姫様が御挨拶に、」

 と小姓の声が終わらぬうちに、
信康の正室であり、
信長の長女である徳姫が姿を見せていた。

 せっかちなのは父君譲りか……

 仙千代は同年生まれの徳姫を、
微笑ましくも、
信長譲りの気性の姫だと見た。

 「おお、御徳(ごとく)!」

 「此度は長篠、志多羅での大勝利、
おめでとうございます」

 徳姫もまた、
織田家の美の系譜の多分に漏れず、
目鼻立ちの整った、
華やかな面立ちをしていた。

 「うむ!
見事、策が図に当たってな。
人馬のひとつも失わぬ気構えで望んだが、
惜しむらくは犠牲が無ではなかった。
が、これで、
武田が三河を浸蝕することはない。
哀れな程の敗け戦であった」

 「父上の采配の見事さに、
大殿が舌を巻いておられました」

 大殿と徳姫が呼んだ家康は、
姫が信長に目通りする前に、
岡崎に着いて早々、
徳姫との面談を済ませ、
直々、戦勝報告をしたようだった。
 
 「御舅殿が息子の(つま)に自ら報せるとは、
浜松殿の機嫌の良さが窺われるのう」

 と言う信長こそ、
七歳で三河に輿入れした姫を前にして、
笑みが絶えることがなかった。

 「大殿は優しくして下さいます。
いつも御気遣いをいただき、
心苦しいほどでございます」

 信長は満足を見せ、

 「三郎殿は兜も被らず、
目を(みは)る働き、
たいそう勇猛なことであった」

 と信康を褒めた。
 信康は岡崎城主であることから、
家康の亡父と同じく、
岡崎三郎と称されていた。
 信康の信は、
信長から偏諱(へんき)を賜ったものだった。
 
 「勇猛は我が殿最大の長所、
同時、短所にございます」

 仙千代、竹丸は、
姫の返事の意味を知っていた。
もちろん、信長も知っている。
 
 家康の嫡男 信康は、
剛毅な若武者で、相当な元気者だった。
 無礼であるとして、
城下の町人を問答無用で斬り捨て、
鷹狩り前に僧を見掛ければ、
獲物が減るという俗説に頼り、
通りすがりの僧侶の首を()ねる等、
狼藉と言われかねない振舞が三度、四度重なって、
家康が世話役として付けた、
松平親宅(ちかいえ)がどれほど諫言しようとも、
(ことごと)く跳ね返し、聴き入れぬことから、
親宅の出家を招いてしまうという騒動を起こしていた。

 
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