第336話 旅の一座

文字数 1,318文字

 信忠の馬廻りや小姓に加え、
信長の小姓の一部も加わり、総勢四十、五十にもなって、
たださえ賑わっていた境内はますます混みあい、
たいそうな人いきれとなった。
 信忠が姿を見せると寺の僧が恭しい挨拶の上、
床几(しょうぎ)を出して最前列へ誘った。

 演目は仏法の説話や民間伝承を基にした雑劇、
華やかな曲芸と多彩で、小姓達は当然のこと、
警護を担う馬廻り衆も見入っていたが、
信忠は特段表情を変えず、
仙千代にはむしろ小姓達の為ここに居るという風に映った。

 仙千代は時には大和へ遣いで出掛け、
一度は岩村へ検使で赴きはしたものの、
あくまで信長と行動を一にしていることが常態で、
信忠とはこの半年間ほぼ離れて過ごした。

 信忠は眼を(みは)る武功をたてたことにより、
予め規定となっていた秋田城介(じょうのすけ)に無事、就任し、
仙千代は仙千代で出世街道を疾走していた。
 信長の引き立ては相変わらずで、
竹丸の関心が作事、普請に強く向くせいか、
取次、接待は昨今、仙千代の出番が最も多く、
表立っての働きが目立つことから、
信長に通じたく思えば仙千代を無視することは出来ず、
その顔色に敏感ではいられないとまで言われているようで、
権勢を振るうような真似はしないつもりでいても、
いつしか自分は側近集団の
そのまた先頭にある一員になってしまったのだと
驚嘆と共に自戒の念で思うのだった。

 どれほど天下人から寵愛を授かろうとも、
仙千代にとり今尚、信忠は憧憬の人で、
いつもは封印していても心底で愛慕は滅せず、
とりわけ眠れぬ夜には姿が浮かび、
湧き上がる熱が見悶えさせた。

 あの日、松姫への手紙(ふみ)を持って帰らずいたら、
盗人だと言われず、足蹴にもされず、
美しい別れが叶ったのか……
 それでも別れは変えられず、
殿は殿の道を、
儂は儂の道を行くしかないことだった……

 いつしか演し物は母子劇へと移り変わって、
たいそう容姿に恵まれた少年が演目の中心となっていた。
 子を病で喪った母親が嘆き悲しんでいると、
死んだ男児の霊が現れ、
御仏の世では痛苦や憂慮はなく、
腹は足り、喉は潤い、
安らかに自分は暮らしている、
どうか(はは)様、嘆かずおられませ、
いつの日か必ずやまたお会いしましょうと言う。
 美童は歌い、舞い、
誰をも惹き込み、涙する者さえ少なくなかった。
 本式の猿楽に比べれば如何にも田舎芝居とはいえ、
浄土の調べだとして男児は篠笛(しのぶえ)なども披露して、
楽器にも長けているところを見せた。

 少年が演者随一の人気者であり、
一座の行く末を担う存在であることは明白だった。
 歳の頃、十か十一か、いや、十二あたりか、
母子劇の後には座の若衆に混じり、
稲刈歌から馬追歌まで労働歌を面白可笑しく、
時にしんみり聴かせ、仙千代は感心して観た。
 馬廻りや小姓は喝采し、
観衆は観衆で、

 「あの幼童、ずいぶん麗しいのう」

 「紅でも差せばそこらの女子(おなご)では、
とても敵わぬ」

 「芸も達者じゃ」

 「踊りも良いが歌が何とも言えぬのう。
天性のものなのじゃろうなあ」

 「手元に置いて、毎日あの歌が聴かれれば、
極楽じゃのう」

 気付くと信忠も大いに楽しんでいた。
それが証拠に滑稽味のある場面では声をたてて笑い、
悲しみの歌ではじっと聴き入り、
もしや信忠は童の天分に魅入られたのかとさえ、
仙千代に映った。


 
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