第396話 御狂い(3)華麗なる信忠軍団

文字数 1,852文字

 長良川畔は御狂い(おくるい)出場者や支度をする者達で
ごった返していた。
 そこへ信忠と主立った小姓や近侍が姿を見せた。
 
 そもそも信忠には血脈を同じくする織田家連枝衆の他、
織田軍本隊とも言うべき、
忠誠心に於いて岩盤を成す尾張衆、美濃衆が付けられていて、
織田家以外の顔触れをざっと見ても、
信長生誕時からの筆頭家老 林秀貞、
織田家先々代の小姓を経て信忠の傳役(もり)を務めた河尻秀隆、
信長の乳兄弟にして、
その母は信長の異母妹(いもうと)を生んだ池田恒興、
浅井・朝倉に挟撃された信長を逃す為、
信長の弟 信治と共に宇佐山城で討死をした森可成(よしなり)の子、
金山城主 森長可(ながよし)
信長の馬廻り出身、文武に長けた猛将 団忠正、
斎藤道三の遺児にして信長の正室の弟であり、
信忠の傳役を新たに担う斎藤利治、
譜代の臣下にして信長の知恵袋である福富秀勝、
亡き兄と息子の秀一が信長の小姓という長谷川与次と、
織田軍精鋭が集結した主力部隊であって、
同時、信長の天下統一事業を継ぐのは信忠なのだと
内外に表明するものでもあった。
 
 家臣団がそれであるならば側近も錚々たるもので、
武辺でならす佐々(さっさ)家からは成政の甥、清蔵、
桶狭間合戦で今川義元の首をとった毛利良勝の子、岩丸、
熱田の富裕な武家商人にして、
幾人もの息子達が小姓として信長に仕えた加藤図書介こと、
順盛(よりもり)の子である辰千代と、
これら選ばれし若者達が
各々才覚をもって(つど)っているのであるから、
その一団が信忠の前後を固め、進んで来れば、
威勢を誇示せず粛々としていようとも
誰もが自然に道を開け、腰を落として頭を垂れた。

 陽光を受け、信忠達は河原へ下りてゆき、
堤に集う観衆は、
上も下も老いも若きも男も女も目が輝いている。

 仙千代、弟達、彦八郎は堤に立って、
虎松、藤丸、小弁を視界に追った。
 見物人の会話が伊吹おろしに乗って運ばれる。
 会話の主の男達は一人が商人、
一方が中間(ちゅうげん)のようだった。
 中間とは武将が雇う雑用係で合戦にも同行し、
農民出身ながら務めをこなすうち、
読み書き、算術、武術を覚え、
働きが良ければ足軽に取り立てられる者も居た。

 「流石、選ばれし御小姓達。
清々(せいせい)として見目、振舞がよろしいのう」

 「が、やはり、殿様は別格。
若くして岐阜の殿となられるだけはおありじゃ。
御自ら光を放ち、朝の陽にも負けぬ」

 期待に胸を躍らせる二人の話は続いた。

 中間(ちゅうげん)が鼻の孔を膨らませ、
自慢気に語った。

 「御狂い。
 幾度か拝見したことがある。
 それはもう、風変わりな趣でな。
身分の高い方々が粗末な身なりをし、
若童達が騎馬をして、
徒歩で逃げ惑う大人達を追い回すという競技」

 「ほう!何と珍奇、勇壮な」
 
 「確かに珍奇。
しかるに、勇ましいを越し、荒っぽい程じゃ。
 追い立てられようと(ひる)んではならず、
馬の前をぎりぎりまで駆け、
かつ太鼓が鳴り終わるまで逃げ切れるか否か、
御小姓側は御小姓側で、
逃げる者達の背の布切れを何枚集められるか、
攻守は同人数であるからそこで勝敗が決まる。
 転倒、落馬、相次いで、まこと面白く、
誰も笑いが抑えられぬ。
 特に大人は沽券(こけん)に関わるとして張り切って、
擦り傷、打ち身は当たり前のこと、
骨折の出場者もあり、
楽しい催しなれど激しいことこの上ない」

 「返す返すも儂ら領民は幸せ者じゃ。
関所の税がなくなってどれほど有り難いか。
 しかも世にも珍しい遊びを拝見させていただける」

 競技の大まかな説明を偶然にも耳にして、
銀吾と祥吉の目はますます輝き、
もう虎松達を探す件は頭から消えているかのようで、

 「上様は何処に()わすのでありましょう、
追われる皆様は頬かむりに簡素な御召し物……
何方(どなた)が何方なのやら」

 「中には髭が真っ白な御仁も。
珍しき競技にて、御老身であろうとも、
沸き立つ思いが抑えられぬ、
それが御狂いなのですね」

 という口振りが上ずっていた。

 浮き立つ思いは仙千代とてないではない。
御狂いは観るも良いが出れば尚、面白く、
虎松達のことがなければ前回の落馬の汚名を返上すべく、
是非にも加わりたかった。
 が、ようやく岐阜へやって来たのに、
万一にも気難しい客人に虎松達が粗相をすれば、
せっかくの第一歩に躓き、
面倒を抱えることになる。
 他生の縁で手元へ置いた三人は今や他人と思われなかった。

 と、そこへ、彦八郎が声をあげた。

 「あれに!あれに小弁が!」

 銀吾、祥吉も、

 「あっ!あの着物!
兄上のお下がりの浅黄色の!」

 「やっ!小弁!小弁に間違いない!」

 「虎、藤はともあれ、
馬にも乗れぬ小弁がいったい何を!」

 と仙千代同様、競技場へ見開いた目を遣った。

 

 

 

 

 
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