第227話 北陸平定戦(19)沈む陽

文字数 724文字

 北庄の城の大まかな縄張りは信長が済ませていた。
 刑場は城郭の西南だった。

 林員清(かずきよ)に切腹の命が下された後、
仙千代は太田又助信定と二人になった。
 
 初秋の風が頬に冷ややかだった。
 仙千代が知らずの内に西を向くと、
信定も同じくしていた。

 「西方浄土というが、
何の慰めにも……
万仙殿や儂に有縁の者が居るように、
林にも居る……」

 元来が信長の御弓衆出身で、
今は丹羽家の禄を食む信定は織田家の祐筆にして、
畿内の政務にも携わっており、

 「何万の敵が命を落とそうと
数に過ぎぬのやもしれぬ。
が、林は知らぬ仲ではなかった。
湖で諍い事が起きれば、よう話し合いをした。
鮒鮨(ふなずし)作りの名人で、
ある時、片手にふらっと現れた。
あの時、梅を眺めて酒を……」

 と堪えても、声が震えた。

 「確かに湖の権益を巡り、
林は我が殿、明智殿、羽柴殿らと衝突があった。
とはいえ丹羽家、明智家、羽柴家、
この三者も水運、水利については
揉めたことがないではない。
だが御三人は例えば此度の戦でもよく力を合わせ、
共同戦線を張り、大成果を上げ、
特に明智殿と羽柴殿は本日も北へ向け快進撃中じゃ。
四年前、助命され、
忠義を奉じる好機を頂戴したものを、
林、何故に生かさなかった。
やはり……」

 「やはり?」

 「古来より積み重なった縁。
地縁、血縁……(しがらみ)が重過ぎたのか。
錆び矢を射かけた敵を赦免されたのだ、
御恩を忘れてはならぬ、
特別の配慮をもって御赦しあそばされたのだと、
説いて聞かせたのだがな……」

 信定は敢えて放った。

 「たわけが。大だわけが」

 仙千代は無言で受け止めた。

 「何を置いても上様に従ってさえおれば……」

 梅香にも似た淡い交わりであろうとも、
信定の記憶から員清は消えず、
生涯、胸に残るのだと仙千代は思った。

 
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