第307話 長良川畔(1)公居館 前庭①

文字数 670文字

 岩村城が落ちて十一日目、
秋山虎繫、於艶の方、
家老 大嶋長利、座光寺貞房が岐阜へ移送された。

 東濃の武田に(くみ)する勢力が残存する情勢を鑑み、
道中の混乱を避けるべく、
表向き、赦免という態をとってはいたが、
自害が許されない時点で
四人の覚悟は決まっているに違いなく、
あとは如何なる刑罰が待っているかということだった。

 信長の腹は決まっていた。
武田勝頼は志多羅で、
鳥居強右衛門(すけえもん)を信長、家康の眼前で逆さ磔にしている。
あのような忠義の者を
(のこぎり)の刑と並ぶ最も残虐な仕打ちで処刑したからには、
たとえ御坊丸が人質に出ていようとも、
こちらに怯心(びょうしん)は皆無であって、
今や何もかも織田が圧倒的優位にあるのだと
勝頼に物見せてやる、
それこそが御坊丸を生きて取り返す唯一の道で、
甘い顔を微塵も見せれば
却って御坊丸の命の危険は増すと考えていた。

 信忠と松姫の縁組の際、
信玄の名代として二度三度虎繫は岐阜を訪れていて、
名門武田の重要な使者を務めるだけに虎繁もまた、
源氏の高家の出であると聞いてはいたが、
いざ会ってもみると物腰、口振りに高慢は微塵もなく、
かといって(おもね)りは無論なく、
いかにも自然に明朗、涼やかで、
このような男が武にも秀でているというのであるから、
織田の武将となってはくれまいかと、
千に一つの可能性もないながら、
信長は虎繁に惹き付けられたものだった。

 公居館の庭で再会した虎繁は、
何処に居るかと探さねばならぬような風貌になっていて、
それが虎繁だと知った信長は、
兄ほどの齢の違いであったはずが、
白髪の老人となっているその姿に、
半年の籠城と敗北、死の覚悟の(やつ)れを見て取った。

 
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