第129話 早舟(7)寝所①

文字数 925文字

  (しとね)の乱れが房事の激しさと濃密を物語っていた。
 寝所は、信長の着物の伽羅の香りだけでなく、
心なしか二人の汗の匂いが混じるようだった。
 今夜、若い仙千代は飽きずに信長を求め、
狂態とも言える姿を晒したことを今になって恥じ、
信長が仰向けで静かに目を閉じているのを良いことに、
そっと閨房を出ていこうとした。

 仙千代の微かな身動きに信長の手がぐいと伸び、
腕を掴まれて、抱き寄せられた。

 「何処へ行く」

 暗闇でも顏は分かった。
先程まだ灯りが燃えていた時、
仙千代を狂わせていた主だったが、
今は詰問を装いながら声が穏やかで、
表情の柔和であることが知れる。

 「勝手をするでない」

 「不寝番が侍っておる上、
もうお休みのようにお見受けしたので」

 信長は笑った。

 「相変わらずじゃの。
気紛れ、我儘な仙千代が出た。
万見殿は用さえ済めば部屋へお帰りか」

 ついさっきの仙千代は快楽を手離すまいと、
果てようとする信長を許さず、
恍惚の渦中で陶酔を味わい尽くしていた。
 数々の初の大任をまずは終え、
心が解放されると身体が強く愉悦を求めた。

 「まあ、良い。そこもまた可笑しみじゃ」

 信長は腕の中の仙千代を間近に見詰めた。

 「仙とは身体が合う。
いや、誰が相手であろうと仙は左様に振る舞えるのか」

 横たわったまま仙千代を抱き、
信長は、

 「純朴なる美童ぶりに目を引かれ召し寄せたが、
仙千代は思いのほか……」

 と続けながら、最後は黙った。

 「思いのほか?何なのですか?」

 「いや、やめておく。
自惚れさせて、これ以上、
好き勝手されては」

 「好き勝手など」

 いっそう、ぐっと抱き締められた。

 「いかんな。仙の我儘は愛しい。
口惜しいが儂の気に入りじゃ」

 信長は唇を重ね、
今再び熱をもって口づけた。

 「上様……」

 「一日とて離したくはない仙千代……
このところのように、
離れて過ごす日がこれから増えるかと思うと……」

 「雛がいつまでも許に居っては、
親鳥こそ困りますでしょう」

 「ずっと御傍に置いて下さいと言うものじゃ」

 信長は機嫌を損ねる真似をした。
しかし、不興の響きは微塵もなく、
むしろ、仙千代を面白がって、

 「身の程を知り、心根が善く、
慎ましいのに何をするでも熱がある。
仙は誰かに似ておるな……」

 

 
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