第97話 多聞山城(7)花の影③

文字数 961文字

 巻介は仙千代と同齢で、
巻介の主である(ばん)直政が岐阜城下に住んでいた時、
幾度となく顔を合わせるうち、親しくなった。
 巻介にしれみれば、
仙千代は主のそのまた主の寵童で、
当初は敬語で接してきたが、
そこは同輩同士、
また、互いに家中に後ろ盾のない家の出で、
いつしか心安く打ち解けていた。

 九条禅閣の背景という話題になって、
仙千代は、

 「……本願寺」

 と、(つぶ)いた。

 各地で一向一揆を発動し、
特に伊勢では四度にわたって、
織田家の本領に接する長島に於いて兵刃を交え、
信長血肉の連枝衆、
手足の忠臣を数多奪った石山本願寺を、
大和へ入って早々に口にせねばならぬとは、
仙千代は暗澹とした。

 「そうだ。
九条卿は石山寺の法主(ほっす) 顕如を猶子にし、
西と東の本願寺を結び付けるなどして、
縁を深め、
暮らしの礎を本願寺に頼っていた時期さえあるのだ」

 と語った巻介に仙千代は黙って頷き、
胸中で溜息をついた。

 九条卿は実際、たいした御仁だ、
異論はない……
ただそれは禁裏にとってということで、
上様の御立場からすれば、
何故よりにもよって
九条卿に香木が渡るということになる……

 将軍不在で治安は乱れ、
荒廃しきった京を見捨てて多くの貴族が街を出る中、
信長は義昭を奉じて幕府再建を目指し、
入京すると、治安の回復、
貴族達の暮らしに施策を打ち出し、
先帝崩御にあたっても葬儀すら出来ないでいた
朝廷行事を復活させて、
京に再び花を咲かせた。
 それは五十年ぶり、
いや、百年ぶりのことだった。

 「歴代将軍が欲しようとも許されなかった秘宝を賜る上様は、
今や天下随一の実力者であらせられる。
帝は上様の御力を頼みとされる一方、
強大に過ぎるとなれば快しとせず、
御胸の内を九条卿に香木を下賜されることで、
表されたのであろうか。
帝の御真意は何処(いずこ)()わす」

 と発した仙千代は、

 「巻はどう考える」

 と続けて問うた。

 「いや、仙。
であるなら、他の地と同じだ。
それで済まぬのがここ、(いにしえ)の大和なのだ」

 巻介が仙千代一行に城内を案内するというので、
二人は庭園の東屋に座して話していた。
 市江兄弟や近藤源吾以下、
従者達は仙千代から程好い距離で、
耳を澄ませている。

 巻介がまたも胃を(さす)った。
 仙千代が水の入った竹筒を差し出すと、
かたじけないという風に受け取った巻介は、
土産の丸薬を数粒、ごくりと嚥下した。
 

 

 






 

 
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