第273話 祝賀の日々(3)鷹と馬③

文字数 1,042文字

 「そうであり、そうでないとも言える。
野心があろうと北の国々は、
おいそれと上洛できるものではない。
 山あり谷あり、敵国あり。
友好国とて領地を通られるとなれば許しはしない。
 逆を言えば我が方とて同様で、
西国、南国がほぼ手つかずの今、
北の大地まで馬を進めて得るものは如何程もない。
 伊達輝宗はじめ、
北の諸大名は上様と交誼を得、
その時々で付かず離れず。
 ただ、若殿が、
武田を東濃から排除すべく岩村城を攻略したなら、
上様の権威は著しく増す。
 特に北方で。
 何故か」

 「若殿が位を上げられるからでしょうか」

  「そうだ。
勲功甚だしとして帝は若殿に新たな名を授け、
若殿は秋田出羽介(でわのすけ)から城介(じょうのすけ)と変わり、
昇進を遂げられるであろう。
 出羽介、城介共に、古代東北の国司に由来する、
武家にとっては特別の名職。
 朝廷も新たな城介任官により、
長らく治外の地であった東北に秋田城介を配することは、
権力の示威に他ならず、
上様と利益は合致している。
 しかも名目上のことであり、
何も若殿が東北へお出ましになるわけではないのであるから、
伊達はじめ、諸大名も痛くも痒くもなし、
三方、八方、丸く収まるばかりだ。
 結果として、
上様と朝廷の威光が輝く。
 若殿の未来も煌々と照り……。
 岩村の御艶様を思えば、
哀切ではあるが……」

 栄光の影には悲劇があって、
信長の躍進に伴う影もまた濃いものがあった。

 雪と氷の冬を待たず、
岩村城攻めは決着をみる筈だった。

 澄み切った初冬の青空の北の向こう、
東濃岩村を仙千代は思った。

 若殿、如何なさっておいでであろう……
 無論、御健勝であらせられると伝え聞く……
御指示も的確にして、
よく一軍を統率しておられると……
 お会いせず、
既に季節が一つ過ぎてしまった……
 若殿……

 ふっと意識を飛ばした仙千代に秀政が、

 「さて、明日は珍客が来るという。
仙も聞いておろうが、
本願寺顕如法主の使者だ。
 またも和睦の振りをして、
何某か、珍品を献上するとでも仰せか。
いったい幾度これを繰り返せば……
真の和睦は石山寺を明け渡し、
無から出直して、
親鸞聖人の教えに立ち返ることだと一門徒として、
儂は思うが……」

 顕如から法名を頂く日が来れば、
それに勝る喜びはない、
その日を心待ちに今は戦うのみだと、
真宗の寺に育った秀政はいつか話した。

 堅牢極まる要塞、
石山寺を放棄することがない限り、
顕如の恭順は表面的なものであり、
抵抗はけして終わらず、
明日、顕如の使者が何を報せるか、
仙千代は様々に巡らせた。


 

 

 

 


 


 

 

 


 

 
 


 
 

 

 

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