第257話 勝家の夢(2)願い②

文字数 683文字

 
 「時に……」

 勝家が切り出した。

 「うむ」

 信長は微かに乗り出した。

 「申せ」

 「ははっ……」

 「何だ」

 「はっ!……」

 「とっとと申せ」

 「はは……」

 会話になっていなかった。
 ただもう勝家は、
いかにも古武士という髭面を赤くして、
やたらだらだら汗を流している。
 
 と、勝家の背後に控えた毛受(めんじゅ)庄助勝照が、

 「僭越ながら毛受庄助、
言上申し上げ仕ります!」

 とこれ以上はない程に身を平らげた。

 伏せつつも勝照の声は腹から出でて良く響き、
流石、勝家が手塩にかけて育てた若大将だった。

 「於市様は如何お過ごしであられましょう。
日々、幼い姫君達の御成長を楽しみに、
また、御養育、
さぞ、大儀であらせられるとお察し申し上げます。
 許されるものでありますならば、
我が殿が賜りし織田家始祖の地、越前に、
是非いらして頂きたく、
心肝より念じ申し上げ、願い仕りましてございます!」

 言葉の意外と威勢に圧倒されたか、
信長は一瞬ぎょっとして目を見開いた。

 「我が殿は天下の地、畿内を守るべく、
上杉にも伊達にも負けぬ、
北方一、栄えある国を打ち立てる覚悟でおります。
 於市様には畏れ多くも御下向(げこう)の上、
我が殿をお助けいただき、
新たな国造りに御力添えいただければと不肖、毛受(めんじゅ)庄助、
念じぬではおられぬ次第でございます!」

 信長は軍扇をぴしゃっと閉じた。

 「権六、家来が左様に言っておる。
言わせたのか、これを。
何故(おのれ)が言わぬ」

 先程までの雰囲気との変わりように、
仙千代はつい、間に入った。

 「毛受殿の心願だと聴こえましてございます」

 信長が扇をピシャリピシャリと二度三度、
開け閉めする音ばかり響いた。

 


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