第8話 龍城(2)龍の化身②

文字数 885文字

 仙千代が聞き及んだところによれば、
実は家康は、
信康の過剰とも言える猛々しさを持て余し、
松平親宅(ちかいえ)出家についても、
むしろ親宅に同情を見せ、
家康自ら詫びた上、
信康を強く叱責したのだという。

 昨日、
家康が信康と二人して無兜で戦ったのは、
三河の主は徳川であるという強烈な意思表明であると共に、
父として、
主君とは何か、大将とは何か、
息子に身をもって教え、
強固な連帯を誇る家臣団に、
信康の才と改心を披露することでもあったのだと、
想像された。

 「聞けば、陣城に御使用の材木を、
()の地のお百姓衆に分け与えられたのこと、
者共は、さぞ、喜んでおりましょう。
流石、父上と、
嬉しゅうございました」

 「ほう、早いな。
もう耳に届いておるか」

 「大殿が、
さも嬉し気に教えて下さいました。
上様の情けの雨が志多羅を潤し、
民のかまどを潤すと」

 徳姫に前以て伝えておいて、
姫から信長に、これを言わせる。
 家康の信長への気の使いようも、
とことん、たいしたものだった。

 「身に赤子(ややこ)を宿し、
立派に岡崎殿と呼ばれようとも、
幼き頃にこの地に嫁ぎ、
寂しい思いをさせた姫の為にもなるかとな。
これからも、
京の反物であろうが白粉や紅であろうが、
欲しいものあらば何なりと、
書き寄越すが良い。
姫は岡崎殿であると同時、この父の娘。
となれば、
侍女や付け人、家来にも、
気前良く振る舞わねばならぬでな」

 姫は口元を隠しつつも、
クスクスと笑った。

 「母上様が同じことを仰っておられました」

 「於濃(おのう)が?」

 「はい。
先だっての手紙(ふみ)に、
京の呉服商を岐阜に()びました、
使者を遣わせて姫に反物をと思うけれども、
久しくお会いしておらぬ故、
色、紋様、姫の好みが分かりません、
いっそ、あれこれ送ります、と」

 信長は一瞬呆れ、
これは参ったと言わんばかりに破顔した。

 「して、反物は届いたのか」

 「ただ今、仕立てさせております。
京で流行りだという紅や、
最新の御化粧道具もいただきました」

 「やれやれ、於濃にぬかりはないか。
相変わらず、
儂の子達を手なずけるに長けておる。
ここは親孝行で、
丈夫な赤子を産まねばな」

 「そのことでございますが……」

 姫の顏が曇った。

 
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