第404話 仮装の宴

文字数 982文字

 小弁を探す間にも、
御狂いの客人をもてなす宴が始まっていた。
 大人達は誰も面白がって扮装を解かずにいるばかりか、
どうかすると競技の時より工夫を凝らして、
怪我などしていないのに額や脚に白布を巻き、
「名誉の負傷」を仮装する者、
反対に、転倒し、歩けぬ程の痛手を負ったのに、
帰って養生に務めるが良いと周囲が勧めても、
何のこれしき、酒は百薬の長だと言って、
酔って顔を赤くしている者も居た。

 信長、信忠が上座、
公家や武将は冠位、経歴の順に座し、
文人、茶人、歌人、商人らが続く。
 宴が進めば上下の境はなくって、
仙千代が姿を見せた時には扮装も手伝い、
一見しただけでは誰が誰やら、
上段の信長、信忠以外、ほぼ不明という有様だった。

 信長は小弁が見付かったと知り、
新参の三人を連れてくるよう命じた。
 はたして、高橋兄弟は直ぐやって来て、
最も下座から氏育ち、名を告げて、
清々しさに誰も感嘆し、
二人を召し抱えたいとあちこちから声が上がった。

 「亡き高橋殿は良う知っておる。
戦では幾度も同じ釜の飯を食うた仲。
虎松、藤丸は、是非にも我が家へ」

 「いやいや、何を。
照之進殿と儂は若い頃、剣の同じ師に付いて、
切磋琢磨し合うた兄弟弟子。
やはり虎、藤は儂が預かるのが筋というものじゃろう」

 御狂いで目を瞠る活躍をした虎松、藤丸は、
諸将の注目を集め、誰もが配下にと望んだ。
 山出しの分際とはいえ、
武士としての心得は申し分のない二人で、
且つ、忠臣の遺児であり、
それは特別に武将達の胸に響いた。

 「才ある者を欲しいのは誰も同じだ。
この儂とてな」

 信長の一言はこの後の兄弟の行く先を、
暗示していた。
 どの武将でもなく、
当然、連れ帰った当の仙千代でもなく、
二人は織田家の直臣となり、
信長、信忠に仕えるという道が明らかにされた格好だった。

 「して、もう一人は」

 と信長。
 無論、小弁を指していた。
 下座とはいえ屋内の虎松、藤丸とは違い、
小弁は広間の外に眺められる庭に居て、
仙千代が、

 「小弁、近う!
上様がお呼びであらせられる」

 と声を掛けると、
ささっと縁に寄り、(おもて)を伏せたまま、

 「山口の小弁と申します。
お初でございます」

 と懸命の滲む口調で告げた。
 役者として観衆を前に歌い、踊った小弁なれども、
仙千代が信長を、

 「天下を治める大君」

 と話したことからたださえ小柄な痩躯が、
緊張でいっそう縮まっていた。

 


 
 
 


 
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