第92話 多聞山城(2)蘭奢待の行方②

文字数 976文字

 当初、仙千代は、
上席の堀秀政を通して蘭奢待なるものを知った。
 蘭奢待は、
「東・大・寺」と三文字の中に寺の名があるように、
東大寺正倉院に収蔵されており、
天下第一の名香とされている。

 昨年来、畿内を制した信長は、
以降、天下人としての振舞を強くして、
多聞山城への入城も、
寺社勢力を牽制する為の示威行動ではあったが、
仙千代が知る限り、
信長が蘭奢待に目を止めたのは、
東大寺からの勧めが元となっていて、
けして強引な手法によるものではなかった。

 幕府の弱体化により荒廃した京に治安を戻し、
雨漏りさえ放置されていた内裏を修復し、
誠仁(さねひと)親王の元服はじめ、
長きにわたって行えずにいた朝廷行事を復活させ、
公家公卿に知行を与えて生活を安定させた信長に、
帝が敵対することは不可能で、
帝はむしろ信長の蘭奢待切り取りに、
融和的な態度を示した。
 たとえ内心、別の思いがあったとしても、
帝は信長の奏聞に直ちに勅使を差し向け、
許可を与えた。

 ところが一年数ヶ月経ち、
大和を訪れてみると、
話はまったく違うことになっていた。
 それは、何故か気が合い、
時に手紙(ふみ)を交わすなどしている、
野木巻介(のぎまきすけ)という(ばん)直政の小姓が
声を潜めて仙千代に語ったものだった。

 多聞山城は、
下克上で伸し上がった戦国大名、松永久秀が、
十六年前、
眉間寺山と呼ばれていた小高い山に築いた城で、
城内に多聞天を祀ったことから、
多聞山城、または多聞城と称されるようになった。
 城は本丸、主殿、会所、庫裏などが建ち並び、
華やかな内装、凝った庭園が彩りを添え、
伝統的な室町将軍邸「花の御所」を模し、
有数の至宝が収められた、
西国随一、豪華な城郭だった。

 信長から守護に任じられた直政は、
数日前、多聞山城に入ると、
早速、修理、改築を始めた。

 着いた翌日、仙千代は、
日の出と共に鳴り響く作事の音で目が覚めた。

 当地では、
信長の蘭奢待切り取りについて、
信長が武力をもって強引に倉の鍵を開けさせ、
脅して手に入れたという風聞が広まっていると、
巻介は告げた。

 仙千代は瞠目した。

 「いや、まさか。
確かに上様は帝にお尋ねになり、
蘭奢待を賜った。
なれど、内裏は直ちに反応し、
使いを寄越され……」

 そこまで口にして、
仙千代は黙った。
 巻介の言わんとすることは仙千代に伝わり、
仙千代の言い分も、巻介は知っている。

 それが大和なのだ、
(いにしえ)の都なのだ……
 

 

 

 

 

 

 
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