第414話 三人の夜(1)童心

文字数 951文字

 邸内に戻った仙千代は、
銀吾、祥吉に信忠の茶会に招かれた件を告げ、
明日は特別身綺麗にして茶事の支度の手伝いに出向くよう、
命じた。

 「かしこまりました」

 「承知致しました」

 兄弟は殊勝に答え、
先程までの拗ねた顔は微塵も浮かべなかった。
 不快を隠さなかった仙千代が庭に出ている間、
銀吾、祥吉なりに気持ちの収まり所を見付けたに違いなかった。

 仙千代が文机に向かい、筆を取ると、
いつでも仕事が再開できるよう墨は硯で艶々している。
 銀吾は医家、祥吉は古刹と、
養子に出された先で十分な教育を受け、
作法のみならず辛抱、忍耐も会得して、
同じ年頃だった自身に比べ大人に思われ、
兄弟揃って岐阜へやって来た事情に甘え、
兄としてつくづく自分は不十分であったと省みた。

 各国各地への副状を今日分は終わらせ一息つくと
手伝っていた二人が書道具を片付けつつ、

 「今宵はもうお休みですか、
それとも暫し読書等されますか」

 「床の用意も出来ております」

 と訊いた。

 「明日は殿の御茶会がある。
粗相があってはならぬ故、早めに休め」

 と仙千代は答えた。

 「ありがとう存じます」

 「して、兄上は?」

 ふと悪戯心がわいて仙千代は、

 「今日は三人で寝よう。
床を並べておけ。
 思ってみれば共に休んだことすらなかった」

 と言った。
 不思議そうにしながらも二人は歯切れよく返事をし、
やがて兄弟揃い、仙千代を中にして横になった。

 暗がりに天井を見つつ、仙千代が思い出し笑いをした。

 「何です、急に笑われて」

 と銀吾。

 「思い出した……
四年前、岐阜での初めての夜。
 堀様の御邸で馳走になり泊めても頂いた。
 彦七郎、彦八郎、儂。
 興奮してなかなか寝付かれんかった。
しりとりをして散々笑って、
笑い疲れて、やがて寝入った。
 最後段々答えに窮し、誰も可笑しな言葉を並べ……」

 銀吾が、

 「兄上にもそんな時がおありだったのですね。
いつも難しい御顔をされて御勤めに励んでおられます故、
兄上の左様な童心時代、容易には想像つきませぬ」

 祥吉も何を思ったかクスクス笑いが止まらなかった。

 「難しい顔?
いつも儂はそんな顔をしておるか」

 二人は答えなかった。
 仙千代はここでも自省して、
確かに自分は多忙を理由に二人に濃やかさを見せることなく
ここに至ったとあらためて気が付かされた。

 
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